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第四百六十話 萬受堂本舗。 [妖精譚]

 元町駅で地下鉄を降り、七番出口の階段を上がると、そこは御堂筋という大

通りと中央通りの交差する辺にでる。そこから北へ二ブロックほど上がると、通

りに面した古びたビルのすぐ脇に、細い路地が人知れず存在している。その路

地を入ってしばらく行くと、唐突に道が開けて不思議な広場に出くわすのだ。

 ここは紛れもなく日本有数の都市のど真ん中ななのに、その一角だけは、中

国かタイか、どこか見知らぬアジアの異国のようで、まだ肌寒さが残る季節だと

いうのに、真っ黒けに日焼けした子供が上半身裸で走り回っている。

「ケン、返してよ!それ私の!」

裸ん坊の一人は髪を後ろでお下げに結わえているので、どうやら女の子らしい。

ケンと呼ばれた少し体の大きい裸ん坊は、女の子の兄なのか、近所の子なのか

わからないが、あっかんべーをしながら両手に何か木造の玩具を持って逃げ回

っている。もう一人の丸坊主頭の小さな裸ん坊は二人の様子をにまにましながら

見守っているのである。

「へへーん、こんなもの、お前の父ちゃんに言えば、いくらでも買ってもらえるんだ

ろう?だったら、俺にくれよ。お前はまた父ちゃんにもらえ!」

なんて意地悪な男の子だろう。お兄ちゃんなら、小さな女の子に優しくするべきな

のに。そう思いながら子供たちをよけるように七メートルほどの広場を横切り、さ

らに路地を行く。するとほどなく、左っ側にペンキが剥げ落ちた緑の扉が開かれ

ているのが目に入る。入口にはシンプルだが長い木綿の暖簾に「萬受堂本舗」

という文字が書かれている。

「ここだ、ここ!こんなところにあるんだなぁ。」

アメリカ大陸を発見したコロンブスのような気分で、思わず私は大きな声を上

げた。私に答えるともなく史子も口を開いた。 

「ほんと、この辺って、なんだか不思議な空間ね。」

 私は山本タカヒロ。薄っぺらなタウン情報誌を刊行している小さな編集会社

の社長兼編集長だ。そして一緒にいるのはたった一人の編集スタッフである

壇史子。取材は下手だが、文章を書かせたら若さの割にはなかなか達者に

書く女性だ。私は、取材用のコンパクトデジカメで店の入口と暖簾のアップを

撮影してから、暖簾の向こうへと脚を踏み入れた。

「こんにちはー。お邪魔しまぁす。」

 近代的な空間に暮らす私にとって、古い建造物の内部はそれだけでもう異空

間だ。子供の頃は、ボロボロの木造建築だった学校なんか馬鹿にしていた筈な

のに、大人になってからは、古民家や古いビルは妙に懐かしく、また新しく感じ

るのだ。この店も、建物自体は年代物だが、同じく年代物の丁度が上手にレイ

アウトされており、イサムノグチっぽい紙の照明器具や欧風のステンドグラス

のペンダントが絶妙な配置で、古いのにモダンな室内を築きあげていた。

 二十五坪ほどの店内は、一見して何の店だかわからない。中央に三つほど

四人がけのテーブルが据えられており、左壁側にはカウンターがあるから、飲

食店であろうことはわかるのだが、それ以外の三面の壁には棚やワードロー

ブが並んでいて、古着っぽい衣装や民芸風アクセサリー、ちょっとしたインテリ

ア等が整然としかし所狭しと並べられているのだ。私たちはもう一度店の奥に

向かって声をかけると、カウンターの奥にある出入口から黒いエプロンを付け

て、頭の禿げた店主らしきオヤジが顔を出した。

「ハイハイ、いらっしゃい。お食事でしょうかな?」

満面の笑みを浮かべる如何にも人の良さそうな店主に向かって、史子が言っ

た。

「あのぉ、昨日お電話差し上げたタウン情報誌のものですが・・・取材、よろしい

でしょうか?」

「ああ、ハイハイ、そうでしたか。いいえ、もちろん大歓迎ですよ。どうぞ、そちら

のテーブルにおかけください。」

「では、遠慮なく。」

そう言って私たちは一番奥のテーブルに腰掛けた。すると店主はニコニコしな

がら「では、何かありましたらお声をかけてくださいね。」と言って引っ込もうとす

るので、慌てて呼び止めた。

「いやいや、ご主人のお話をお伺いしたいのですが。」

「おお、そうでしたか。取材といいますからな、写真とかお撮りになって帰るの

かと思いましたよ。では、私も失礼して・・・あ、何かお飲み物でも?」

「ああ、いいえ、お構いなく・・・あ、やはり、このお店のドリンクを何かいただけ

ますか?これも取材の一環にしますので。」

「ああ、そうですか。何がよろしいかな・・・?はい?何でも?困りましたな。私

共はお客様のオーダーをお受けしてサービスするシステムになっております

でな。では・・・ああ、お茶ですね。分かりました。」

店主は店の奥に向かって、中国茶を出しなさい、と大声で言った。

「ウチはどんなお飲み物でもお出しできますが、中国茶をお喜びになるお客

様が多ございましてね。お飲みになったことはありますかな。ちゃんと中国式

の方法でお出ししますので。」

まもなくアオザイを着た女性が、あのままごとみたいな中国茶器セットを運ん

で来たので、店主はお茶の入れ方を説明しながら小さな茶盃にジャスミン茶

を淹れてくれた。

「ほうじ茶も美味しいですが、今日はこの花茶を飲んでいただきますかな。こ

れもまた美味しゅうございますでな。」

「さて」私がそう言うと、店主も真似するように「さて」と言った。

「さて、それでは、お伺いしますが」「ハイハイ」「ここは何屋さんなのでしょう

か?」

「何のお店って・・・おわかりになりませなんだかな?ご覧の通り、お食事と

雑貨・アクセサリー・インテリアの店ですが。」

「それにしてもメニューとか置いてないんですね。」

「ハイハイ、ウチにはメニューとかありませんでな、お客様がお決めになる

のです。私共はお客様が欲される品物を、お食事でも、お飲み物でも、衣

服でも、装飾品でも、何でも提供させていただくのでございます。」

「ほぉ。それは素晴らしい。では、カレーが食べたいと言えばカレーを、ラー

メンと言えばラーメンを出してもらえると?」

「その通りでございます。」

史子も口を挟む。

「ええー?例えばフレンチとか、イタリアンとかでも?ベトナムとかタイ料理

でも?」

「はい、左用でございます。ロシア料理でもアラスカ料理でも、何でも有りで

すな。」 

「しかし、それは大変ではないのですか?何を注文されてもいいようにあら

ゆる食材を常に用意していると?」

「そうですなぁ、大体は。」

「大体は?とおっしゃいますと?」

「時々、面白がって無茶をおっしゃる方がいらっしゃいましてな。マンモスの

肉が食べたいとか、タランチュラの燻製が食べたいとか。」

「そんなもの、あるわけないじゃないですか。」

「作用でございます。世の中に流通していないものは、すぐには手に入りま

せんな。」

「すぐも何も、マンモスなんて今の世の中にいないじゃないですか。」

「いやいや、今生きてるマンモスはおりませんがな、冷凍マンモスはありま

すでな。それを手に入れるのにはちょっと骨がかかりますで。タランチュラ

なんぞは、アフリカ辺りでは焼いて食べる民族もあるそうですが、燻製に

する時間をいただきませんとな。」

「ひゃー!すごいお店なんですね、ここは。」

「そうでございますか?どちら様も同じようなサービスをしているものだと

思っておりましたが。」

「つまり・・・この店は、何でもオーダーを聞いてくれるお店・・・?」

「作用ですな。店の名前をご覧いただけましたかな?」

「萬受堂・・・本舗?」

史子が反応した。

「萬、よろずですな。それを受ける店ということで、萬受堂本舗といたしました。」

「なるほど、そう言う意味ですかぁ。私はてっきりまんじゅう屋かと・・・・・・」

「ほーっほっほ、それは異なことを。」

「いやいや、本当にそんな感じの店かと、僕も思ってましたよ。」

「さて、概ねお分かりいただいたのなら・・・・・・そろそろ、何かご注文されてみて

はいかがですかな?」

「うーん、そうだな・・・・・・」

史子は焼肉が食べたいだとか、フランス料理だとか、好きなことを言い始めたが、

私はせっかくだから、この辺では食べられない何かを注文してみたいと考えた。

史子は一瞬不満そうな顔をしたが、これは仕事だぞと釘を指すと、すぐに同意し

て別のメニューを考え始めた。

「そうだな、世界の珍味っていうのも在り来りだからなぁ。きっとそういのは手に

入るに決まってるし。そうだ、僕はあれ。宮崎の蟹味噌汁!ミツホシガザミって

いうカニが美味いんだよ。あれ。」

「ほぉ、そうきましたか。では、私は昔懐かし、子供の頃に食べたスパゲッティ

イタリアン!」

「お前こそ、イージーなオーダーだな。」

「そんなことない、今時、あんな喫茶店で出してたようなスパゲティーはないよ!」

「承知しました。しばらくお待ちください。」

しばらくすると、美味しそうに茹で上がったミツホシガザミが一匹まるごと入った味

噌汁椀と、いかにもケチャップ仕立てのスパゲティーがアツアツで運ばれてきた。

「ほぉー。やるね。お味は・・・・・・ああ、これこれ!これ、昔宮崎で食った味!」

「どうやって手に入れるのですか?」

「ほーほっほ。それは秘密ですがね、まぁ、お嬢さんのスパゲッティ、あれは、ほれ

中央区のエキスポカフェにありますでな、簡単ですじゃ。蟹は・・・・・・旬のことも

あるので、少々手こずりました。」

 なるほど、どんなものでも出してくれる店か。これは面白い記事が書けそうだ。そ

れにしても、どういう魔法を使っているのかは、是非聞き出さないとなぁ。そう思っ

て私は店主に店の奥の取材を申し入れたが、店の奥には調理場以外何もないの

一点張りで、決して私たちを奥に入れようとはしないのだった。私は、なんとか店

の秘密が知りたくなって、そのヒントとなりそうな注文を次々と考えた。たとえば、

ドイツに住む友人が手作りしている燻製ハムシュヴァルツヴェルダー・シンケン

はどうだ?・・・なんなく給仕された。それは友人が作る燻製ハムそのものだった。

別に食べ物でなくてもいいんだよなと確認してから、昔無くした東京オリンピック

の記念メダル、別れた彼女に持っていかれてしまったビートルズのLPアルバム

「アビーロード」、史子も旅先で無くしたスワロフスキーのピアスと婚約を破棄し

て返してしまったティファニーの指輪を注文した。いずれもさほど時間も費やさ

ずにテーブルに運ばれてきた。

「大丈夫ですか?大分お値段が嵩んで参っていますが・・・・・・。まぁ、もともと

皆様ご自身の所有品であるべき品物については、手間賃くらいしか、私ども

はいただきませんがね、ほーっほっほ。」

「ねぇ、大将、教えてもらえませんかねぇ、何故、こんな芸当ができるのかを。」

「さぁてねえ、それを言っちゃうと、誰かに真似をされちゃぁ困りますものでねぇ。

それだけは、企業秘密ってことで、ご勘弁いただけませんかね。」

 店主が飽くまでも頑固に魔法の秘密を死守するので、私は一計を講じる事

した。この方法なら、金はかかるかもしれないが、絶対に店の秘密を手に入れる

ことが出来るはずだ。私はもう意地になっていた。

「ご主人。この店はお客が注文したものは何でも差し出すと、そう言いましたね。

間違いないですね。」

「ええ、その通りですな。現に今までだってあなたがたの無理な注文を全て叶え

ましたでしょう?」

隣で史子もうんうんと縦に首を振っている。 

「それでは、こうしましょう。ご主人、このお店を、私に売ってください。」

「・・・・・・そ、それは・・・・・・」

踏み込も驚いた顔で私を見つめながら、口では「いくら出すつもりなの?」と

声を出さすに口先が言っていた。

「出来ないと、こうおっしゃるのですか?私どもは、ウチのタウン情報誌で何でも

オーダーを聞いてくれる素敵なお店萬受堂本舗の記事を書くつもりですが、

私のこの最後のオーダーを聞いてもらえないとなると、萬受堂本舗は嘘つき

な詐欺店だと書かざるを得ませんね。」

「そ、そんなぁ・・・・・・・・・・・・分かりました。お受けしましょう。それがあなたの

最後のご注文ですね。」

「そうだ。私に、この店を売ってくれたまえ。」

「承知しました。」

そう言って店主は店の奥に引っ込んだ。次に店主が店の奥から顔を出すのには

さほど時間を費やさなかった。

「お待たせしました。それでは、これで本日のご注文品は全て納品させていただ

いたことになります。」

先ほどまでもとの店主がつけていた黒いエプロンをつけた”私”がそう言った。元

の店主は、どういうわけか、壇史子という編集者と共にテーブルに座っていたが、

早々に代金を支払って、萬受堂本舗の暖簾をくぐって帰っていった。

 萬受堂本舗。お客様のご注文を何でも聞き入れるお店。あなたも一度、ご来店

ください。ただし、今後はお店の譲渡だけはお断りすることにしております。

                            了


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