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第四百四十一話 エクソマシーン。 [可笑譚]

 「ピーンポーン」

 土曜日の午後をどうして過ごそうかとのんびりしていたら、玄関

の呼び鈴が鳴った。

「はぁい、どちら様?」

「あのぉ、全日本エキソシズム協会と申しまして・・・。」

 何やらよくわからないが、どうやら訪問販売らしい。是非一度ご

説明だけでもさせてほしいという押しの強さに負けて、玄関を開

けてしまった。すると、黒いスーツの痩せた男が営業笑いを顔に

貼り付けて立っていた。私はどうも昔からこういうセールスに弱

いのだ。すぐに話を聞いてしまう。

「あのですねぇ、奥様のところでは悪魔祓いに困ってはおられませ

んか?」

「はぁ?悪魔・・・祓い・・・?何ですか?」

「あれ。ご存じない?悪魔憑きというものが、昔からあるのですが

・・・ほら、あの、エクソシストっていう映画、見たことありません?

ああいうのが、最近、ほんとに多いんですよ。それで、ローマ法

王までもが世界に悪魔祓い師を増やせ!なんて命令を出してる

くらいですから。ところがね、奥様。悪罵祓い師なんて、そう簡単

に養成出来るものじゃないんですよ。そこで、世界エクソシスト協

会が作り上げたのが、これ。この素晴らしいマシンなのです。」

 男は、扉の向こうから、そう、ちょうど生ビールのサーバー樽く

らいの大きさのものを引っ張り込んだ。大きな車が二輪と、ホー

スが付いていて、ちょうどビル用の掃除機みたいだ。

「ちょっと、奥さん上がらせてもらいますよ。」

男はそういうと、大きな掃除機を担いでさっさとリビングに入り込

んでしまった。

「うわ、やっぱり。この部屋はどうもいけないような気がしたんです。」

「え?何がですか?」

「おかしなことが起きたことはないですか?」

「いえ。別に。」

男が大きな声を張り上げるので、奥で休んでいた夫も起きてきた。

「な、なんだい、一体。」

最初は目を丸くして男とマシンを見比べていた夫だったが、男の話

に少し興味を持ったようで、意地悪そうな目をして言った。

「ほほぉ、エクソマシンねぇ、そりゃぁ面白そうだが、うちには悪魔は

居ないねぇ。」

「そうですか。でもですね、ご主人。」

 すると、愛猫までも奥の部屋からやってきて、にゃあと鳴いた。そ

れを見た男がすかさず言った。

「おお!猫ちゃんがいるのですね。このマシンは、細かい猫の毛に

も対応してますよ。」

男はそう言って、ケーブルをコンセントに差込み、ダイヤルを合わせ

てスイッチをれた。ウィィィィイインと軽やかな音を立てて、マシン

は動いた。

「ほら、細かいゴミや猫の毛も、すべて吸い取ってくれます。吸い取っ

たゴミや猫の毛は、ほら、ここのところの水槽に入っていくんです。こ

のマシンは、紙のフィルター等いらないんですよ。水がフィルターの

役目をするのです。」

「ほほぉ・・・。」

確かに軽やかにゴミを吸い込んでいく様子に、私たち夫婦は見とれ

てしまった。夫は我慢出来ずに言った。

「で、おいくらなんだね、これは?」

「おお、ご主人はせっかちですな。まぁ、ゆっくりとご説明させていただ

こうと思ってるので・・・。ところで、どなたか、喘息とか気管支が弱いご

家族は・・・?」

そんな誘導尋問に私はつい答えてしまった。

「ああ、それならこの人、喘息もちなんですのよ。最近はずいぶんましに

なったようですけど。」

「ああ、それはそれは。そういう方にこそ、このマシンは役に立ち

ます。」

男は、部屋をぐるりと見渡すと、こちらが寝室ですねと言いながら、

夫婦の寝室にどかどかと入って行ってしまった。私たちの寝室に

入った男は、何を考えているのか、カーテンを閉め、黒いカバン

の中からフィッシュランプを取り出した。そうしておいて、ベッド

上の布団をバサバサやった。そこへすかさずランプのスイッチを

オン!すると、ランプが照らし出す光の中に、たくさんのホコリが

舞っているのが顕になった。

「ほらぁ、やっぱり。寝室だって埃だらけ。この埃が喘息を誘発す

るってご存知でしょう?

私は幸い大丈夫なんですけどね:」

そう言いながら男は埃が舞うあかりの中に自分の鼻を突っ込ん

で深呼吸した。

「ほら、こういう埃に負けてしまう人がいるのです。それが、ご主

人、あなたですよ、」

そして男はマシンのスイッチを入れた。すると、光の中のホコリは

みるみるマシンの中に吸い込まれていき、光の中が綺麗になった。

「ほぉら。どうです。このマシンはね、こうした小さなホコリも吸い込

みます。いわば、空気清浄機の役割も果たしてくれる、そういうわ

けですな。」

「そ、それはいいカモ知れない。で、いかほどで・・・?」

「ははん、気になるのですね。これ、このマシンはこれだけの機能を

備えているのに、七十七万円で済むんです。本当は百万するのです

が、今回のこの訪問販売キャンペーンに限って、ラッキーセブンの

七十七!」

「高い!」

「えー!そうですかぁ?そんなことないでしょう。」

「七十七万も払ったら、喘息が・・・げほっげほ!」

「いや、ご主人、健康にはそのくらいのお金は投資したほうが・・・で

も、ちょっと上司に交渉してみますね。」

 男は携帯を取り出して向こうの部屋でごにょごにょ。

「ご主人、上司の了解が取れました!今回に限り、七十七万が五十

五万に!」

 また猫がにゃーんと泣いた。

「あ、猫ちゃん!そうそう、さらに細かい粒子も吸い込みますよ。猫ち

ゃんのおトイレって、結構臭うんじゃないですか?それもこの空気清

浄機能で!」

 スイッチを入れると再びウィイイイン!と軽やかな音がして、なんと

なく臭いが消えたような気がした。これは、本当に役に立つ物かも知

れない。あんなに熱心に奨めてくれるわけだし、私たちのためにあん

なに汚い埃まで吸い込んで。お金だって上役を説得して・・・。私がそ

う思ったとき、夫が言った。

「もう一声!安くしてよ。」

 結局、数十分後、私たち夫婦は男が差し出す契約書に印鑑をつい

いた。

「それでは、車に戻って新しい商品を取ってきますね。」

 男が品物を取りに部屋を出て行った後、私たちは黙ってお互いに

顔を見合わせた。

「ねえ、私たち今、何をかったの?何の契約をしたの?」

「く、空気清浄機だろ?」

空気清浄機?そうだっけ?アレは、掃除機?いやいや、確か男はこ

う言ってた。

「エクソマシン!」

口を揃えてそう言った後、二人はまた顔を見合わせて、眉間に皺を

寄せた。

「ねぇ、エクソマシンって何だっけ?」

「あんなでかいもの、ウチにいるか。」

「しかも、五十五万からさらに値切ったとは言え、三十六万!」

「わけの分からないものに!」

「ピーンポーン」

男が大きなマシンを持って再び部屋に入って来た。

「やぁ、お待たせしました。」

そう言いながら、新しいマシンから梱包のビニールを外しはじめた。

「あのぉ〜。」

そう言っただけで、男は顔も上げずに答えた。

「ダメですよ。もう契約書に印鑑もらったんだから。」

 夫もクーリングオフがどうとか、金は払わないとかわめきはじめ

たが、男は涼しい顔を険しい顔に差し替えながら、無理、無駄、

駄目を連発した。先ほどの愛想のいいセールスマンが、悪魔の

ように怖いお兄さんに変貌した。

 そうだ、こういう時にこそ、このマシンが必要なのではないのか?

私はそう気がついたと同時に男が持って来た新しいマシンをコン

セントにつなぎ、スイッチを入れ、ダイヤルを"エキソシフト"と書

かれた最大メモリに合わせた。

 ウィイイイン。

マシンは新品らしい心地よい音を上げて動き始めた。

「な、何するんです!」

そう言い終わるか終わらないかのうちに、男はマシンの中に吸い込

まれてしまった。

                                           了

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