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第四百四十三話 久たん。 [怪奇譚]

 残業を終えて家に帰ると、ドアの前にゴミがぶちまけられていた。

どうやら今朝、出掛けにゴミステーションに出した筈のゴミが袋の

中からぶちまけられているようだ。

 私は、またかと思いながら玄関の鍵を開けて部屋に入った。ドア

を開けたとたん、ぷーんと嫌な臭いが籠っていて、急いでバルコニ

ー側の大窓を開けて換気をする。臭いは、冷蔵庫の中からで、ちゃ

んと閉めた筈のドアが開いていて、冷蔵機能が低下したために、冷

蔵していた漬物が腐ってしまったようだ。

 こんなことは日常茶飯事なので、僕は慌ても騒ぎもしない。ただ

淡々と後始末をするだけだ。もうひとつくらい何かあるだろうな、と

思っていたが、今日のところは他には何も起きていないように思え

た。それにしも今日はどこに隠れているんだろう。もう食事はしたの

かな?あいつとは最近ほとんど顔を合わしていないが、日々見せ

てくれる行為が、元気にしていることを教えてくれていた。

 あいつ・・・久たんは、僕の恋人だった。いや、過去形で語るのは

間違っているかな。現在も進行形だから。三年間は普通の恋人と

して同棲し、その後今に至るまで、違う形で一緒に住んでいる。

 久たんは愛らしさを秘めた娘だった。外見は大人っぽい美しさを

顕にした小柄な女なのに、その実中味は至って子供だった。思い

込みが激しく、おそらくその思い込みによって僕のことを愛したの

ではなかろうか。そして喜怒哀楽が激しく、幸せよと言った次の瞬

間には怒り狂って物を投げつけてくる、そんな困った女の子だった。

 だが、僕はそんな彼女が好きだった。怒るのも泣くのも喚くのも、

全部彼女の個性だと思って受け止めていた。そりゃぁもちろん、僕

だって人間だから、時には彼女の行動に逆ギレして怒り狂った事

もあるし、何日も悩んで泣いて過ごしたことはある。だけど、今考え

てみれば、もともと温厚で感情の起伏が少ない僕がそんな状況に

なれたのは、彼女のお陰だと言えるし、それってとても人間らしい

感情の動きだったと思う。お互いの喧嘩は、いわば二人のセッショ

ンだったのだ。

 彼女のそういうところさえ受け止めれば、ほかは至って平穏無事。

僕らは本当に幸せな毎日を三年間送った。ところが未だに原因は

わからないのだけれども、彼女の態度が急変したのだ。最初はい

つもの喜怒哀楽のギャップだと思った。だが、そんな一時的な物

ではなかったのだ。僕が二人で買っていた猫を可愛がり過ぎた

事に嫉妬した?いいや、そんな筈はない。彼女だってその猫を

愛していたから。僕が仕事で遅い日が続いたから?それはそう

かもしれない。何しろ寂しがり屋の彼女だ。それが彼女を狂わし

たと言えなくもない。僕に他の女の影が見えた?もしそうなら、

それはとんでもない勘違いだ。僕にはそんな女性は一人もいな

い。だって久たんを愛しているから。

 ある日から久たんは僕の前から姿を消した。だが、どこかに行

ってしまったのではないことはわかっていた。なぜなら、毎日僕

の周りで様々な悪戯がなされていたから。そしてその痕跡から、

久たんの仕業であることが明らかだったから。

 僕がテーブルの上にほおり出していた郵便物や小物が隠され

たり、脱ぎっぱなしにしてあった下着がどこかにいってしまったり。

いや、違うな。手紙や小物は隠されたのではなく、所定の場所に

しまわれたのだ。脱ぎ捨てた下着は、失せたのではなく、洗濯さ

れてベランダに干されていたのだ。

 姿を見せないままに何かをしでかす行為は、日々エスカレート

していった。猫の糞が壁に擦り付けられていたり、空き瓶が部屋

の中で割られていたり。今日のようにゴミが散乱していたり。でも

どれもこれも、彼女から僕への警告であり、彼女の存在を僕に示

そうとするものばかりだった。猫のトイレを掃除しなさい、不燃ゴミ

の日に瓶を出していない、今日はゴミの日ではないのにゴミ出し

した!等など。一見ひどい悪戯に見えるけれども、裏を返せば愛

情に満ちた行為であった筈だ。

 堕天使サターンは、かつては大天使ルシファーと呼ばれていた。

ルシファーは天上にいる天使たちのリーダーだったのだ。神様は

天使たちを愛されていたから、天使たちのトップであるルシファー

は、当然ながら自分が一番愛されていると信じていた。神様が人

間を創造するまでは。ところがある日、神様が自ら創造した人間

をわが子として愛していることを知ったルシファーは、神様に裏切

られたと思い込んだ。そして人間が神様から嫌われるようにと、様

々な事を人間に吹き込み、あるいは人間に取り付いては神様のご

加護を受けれなくなるようにと仕向けた。堕天使サタンは、もともと

は神への愛を強く望む光の子だったのだ。

 久たん。彼女は本当は僕を愛している。だが、どこかで僕の愛を

見失ってしまったのだろう。堕天使サターンのように、僕を逆恨み

するようになったのだ。かわいそうな久たん。だから僕はもう何も

言わない。君が今でも僕の事を愛している事を知っているし、僕

もまた君の事を愛しているから。久たん。ヒサタン。サターン・・・。

                     了

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読んだよ!オモロー(^o^)(1)  感想(0)  トラックバック(0) 
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