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第四百四十二話 のっぺらポーラ~実験奇譚・なんか妖怪ー1 [日常譚]

 家から数分歩いたところに、古い小さな橋がある。その辺は昔か

ら寺町で、その情緒にあわせたものか、橋の欄干は赤く塗られた

木造で、神社の鳥居を思わせる。

 歴史ある土地には様々な伝説や言い伝えがあるものだが、この

古い橋にまつわる話も幾つか残されている。そのひとつが、顔なし

妖怪の話だ。この手の話は各地に残されていて、どういうわけか、

そのほとんどが同じ話だ。そう、つまり、のっぺらぼうの怖いお話だ。

深夜遅く、町人が家路を急いでいると、橋の袂でうずくまって泣いて

いる女性がいる。どうしたのかと訪ねてみても、なかなか顔を上げな

い。思い余って女性の肩に手をやると、ようやく振り向いた女性には

顔がない。町人は驚いて腰を抜かしそうになりながら恐怖に追いか

けられながら走って逃げた。逃げた先に灯りがぽっと灯っている。そ

の灯りに向かって走っていくと、小さな屋台。後ろ向きに作業をしてい

る屋台の親父に、今見たものの話をすると、オヤジが振り返って・・・。

だいたいこんな話だったと思う。

 まぁ、そんな話も今で言う都市伝説であり、誰かが面白おかしく話し

た恐怖話が、各地に伝播されていったのだろう。だが、私は橋の情緒

の一部として染み付いた、大切な地元文化として記憶していたいと思う。

 ある日曜日の午後、とりたたて用事もなく歩いていると、この赤い橋

の袂にたどり着いた。平日は賑やかなこの場所も、日曜日はひっそり

としている。ふとみると、橋の袂でうずくまっている人影があった。あれ?

あの伝説みたいな情景だなぁ。そう感じながら、近づいてみると、やはり

女性が腹に手をやってうずくまっているのだった。残念ながら着物姿で

はなく、現代女性らしいカジュアルな出で立ちだった。

「どうかなさいましたか?大丈夫ですか?」

私は思わず声をかけた。だが、返事はない。もう一度話しかけてから、

あのお話と同じように、女性の肩に手を掛けてみた。

「もぅし、どうかされましたか?お腹がいたいのですか?」

すると、女性はゆっくりと振り向いて言った。

「ええ、急にお腹が差し込んできたものですから・・・。」

そう言いながら振り向いた女性には、驚いたことに顔がなかった。

あの伝説と同じだ。しかし、今は昼間だし、怖くもなんともないぞ。

顔のない女性に恐怖を感じなかった自分自身にも驚きながら、私

は親切に言葉を返した。

「それは大変ですね。病院にお連れしましょうか?」

「いいえ、しばらく休んでいると治ると思いますので・・・。」

口もないのに、どうやって話しているのか不思議だったが、女性は

少しはにかみながら言っているのがわかった。

「では、私の家はすぐ近くですから、いらっしゃいませんか?手洗い

とか、横になるとかされた方がいいですよ。」

「・・・ありがとうございます。では、申し訳ありませんが、お言葉に甘

えさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 私は女性の腕を取りながら我が家、と言っても狭いマンションの一

室に連れ帰った。しばらく休ませていると、女性は徐々に元気を取り

戻したのでお茶を淹れてくつろがした。彼女はあまり多くを語らない

少し古風な日本女性だった。名前を聞くと、ポーラだという。日本人

なのにポーラ。なんだか奇妙だが、彼女の親が、これからは国際社

会だからと、グローバルな名前を付けたそうだ。なぜ顔がないのか、

生まれつきなのか、顔のない姿でどうやって生活しているのか、いろ

いろ聞いてみたかったが、その時は深く詮索することを止めた。なん

となく不思議な出会いであり、彼女のことを好きになりかけていた私

は、きっと長い付き合いになるなと思ったからだ。

 あれから十年。あの時のポ―ラはどうしているのかというと・・・実は

我が家にいる。私たちはあれからしばらく交際を続け、一年後に結婚

したのだ。顔のない妖怪みたいな彼女とよく結婚出来るなって?それ

は何も知らない人だから思うことだ。顔がないというのも、なかなかい

いものなんだよ。何よりも、特定の顔がないから、いつでも自由に彼女

の顔を私の思い通りに想像できるし、彼女自身も毎朝メイク道具を巧

みに使って自由自在に自分の顔を描いている。目を描き、眉を引き、

ノーズシャドウを薄く淹れて、紅を差す。ある時は古風に、ある時は

艶やかに。私と出会う以前からそうやって生きてきたそうだ。あの時

は休みの日でもあり、たまたますっぴんだっただけだ。

 自由な顔を持った女。のっぺらポーラは、今は私の大切な妻だ。

                              了

続く→第485話 最低で最悪の親友。

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