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第七百六話 最後の逢瀬 [文学譚]

 ねえ、もう。こんなこと終わりにしない? 

 いつものホテル。上半身だけ起き上がって白いシーツで身体を包むようにし

ている女が言った。冷蔵庫からビールを取り出そうとしていた男は、女の突然

な台詞に戸惑って聞き直した。

「なんだって? 何を終わりにするんだい?」

 何って、こんな関係よ。

「どうして。俺たちこんなに愛し合っているのに。これまでも上手くやってこ

れたのに」

 愛し合ってる? それって、ベッドの中だけじゃない。

「ベッドの中だけだって? そんなことないさ。俺はいつだって……」

 あら? 嘘ばっかり。あなたが愛してるのは、お家で待っていらっしゃる可

愛いぼっちゃんたちと、奥様じゃない。そうじゃなければ、私を一人ぼっちに

なんてするはずがない。

「一人ぼっちに? いつ、俺が……」

 クリスマスの夜も。そしてこれからやって来る新しい年も……。

「そんなことを言う君じゃなかったはずじゃないか」

 ええ、そうよ。私は文句を言ってるんじゃない。こんな不毛な関係はもう、

やめにしましょって言ってるだけよ。

「ああ、頼むからそんなこと言わないでくれ。俺たちはこの先も、きっと上手

くいくはずなんだから」

 上手くいくはず……そうね。私がこうして黙っている限りは……そうしてあ

なたが家にこれを持ち帰らない限りは……きっと上手く続けるんでしょうね。

「だったら……」

 女はベッドサイドに置いてあった煙草ケースを取り上げて、中から細い紙巻

煙草を一本取り出し火を点ける。そしてゆっくりと問い返す。だったら? 枕元

に据え付けられたアナログ時計の針がひと目盛進んで零時ちょうどになった。

 あら、年が変わったわ。失敗ね。去年のうちに終わらせたかったのに。爛れ

た関係を去年終わりにして、年が明けたら新しい関係を築くつもりだったのに。

「なんだい、どういうことだい?」

 そういうことよ、あなた。新年おめでとう。今度はいつ会えるのかしら。

「さっきの話は……?」

 わからない人ね。あれは去年、もう終わったの。あたしたち、二千十三年の

素晴らしい関係を作っていくのよ、これから。さ、あなたはもう、早く帰らなきゃ。

大晦日まで残業お疲れ様……そういうことにしてるんでしょ? さ、早く。

 女はベッドから出て身繕いをはじめながら、男のお尻を軽くつねった。

                                  了


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