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第六百八十三話 無気力 [文学譚]

 近ごろ、何をする気にもなれない。体調が悪いからなのかな? ベッドの上

で目覚めた私は天井の格子模様を眺めながら思った。普通は朝からそんな風に

は思ったりしないものだろう? 前の日に何か嫌なことがあったとしてもだ。

嫌なことや辛いことがあった日には、酒の一杯でも飲んで、ベッドに入るに限

る。ぐっすりと眠れば、翌朝になるとすっかりいい気分になって、また一日を

頑張れるってものじゃないか。問題は、嫌なことに取り付かれてしまって眠れ

ない夜のことだが、そんなときはもう一杯余計に飲めばいい。それでもダメな

らもう一杯。そうして眠ることさえできれば、翌朝はすっかり爽やかな筈なん

だが、この無力感はなんなのだ。

 天井の格子模様。それは、わざわざ描いたものではなく、四角いパネル状の

素材を貼り合わせているから、まるで碁盤のように四角い模様ができているだ

け。それがデザインといえるのか、単なる機能上のものなのか、設計のことは

皆目わからない私にはなんとも判断できないが。仰向けに横たわった私の目に

映るものといえばそのくらいしかないから、私はまた天井の格子模様を眺めて

いる。

 なぁ、どうしてこんなに無力で無気力なんだろう。何か嫌なことでもあったっ

け? 自問自答してみる。何も思い出せない。いや、何もなかった筈だ。だが

旨い酒を飲んだのはいつだっけ。嫌なことがあったわけでも、辛いことを忘れ

るためでもなく、酒を飲んだ。一杯飲んで心地よくなり、二杯目の美味さに酔

い、三杯目もたっぷり味わった。いい酒だった。あの店に行くと、つい飲み

てしまう、いつも。いい酒を置いているからだな。もちろん、料理も。マス

ターの達者なべんちゃらも悪くない。悪いのは私だ。つい飲みすぎて、酔っ払

って、我を失ってしまうから。

 ああ。それにしても。あの以来飲んでいないな。こんなに無気力なのに、力

が出ないのに、あの酒だけには執着してしまう。アル中か? まさか。そんなこ

とはない。ほら、たぶんもう何日も飲んでいないが、手が震えたりしないし、禁

断症状が出るわけでもない。ただ無気力。

 天井。格子模様。なんで? なんで天井しか見えない? 私は? 私の身体

は? おい、起こしてくれ。誰か。なぜ起き上がれないんだ? この無力感は

何だ?

 

「あの患者。ほら、そこの。交通事故で脊柱損傷で手足が動かなくなってしま

った……まだ声も出せないのか?」

「はい、ドクター。もう一週間にもなりますが、今朝、ようやく意識が戻った

んですが……」

「そうか。しかし意識がはっきりして、自分の身体のことを知ったら……充分

にケアをしてあげてください。精神面では特に」

「わかりました、ドクター」

                       了


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