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第六百八十九話 咳 [文学譚]

 咳が止まらない。こほこほと小さな咳が。

 十年数年前に、同じように咳が止まらない状態が続いた。もともと喉が弱い

らしく、小さな咳をしては「大丈夫?」「風邪ひいたの?」と周囲から心配されて

いた。私としてはもう慣れっこになっていたので、何も心配していなかったのだ

けど、そのうち四六時中咳が出るようになって、これはさすがにおかしいなと、

ようやく自覚して病院の扉をくぐった。呼吸器科の医師が私の状態を調べる

や否や「緊急入院」と告げた。

「え? にゅ、入院ですか?」

 私は驚いて聞き返した。

「喘息です。血中酸素の濃度も平常値を遥かに下回っています。よくここまで

一人で来ることが出来ましたね。大丈夫でしたか?」

 家の人に連絡をして、入院であることを伝えて着替え等を持ってくるよう

頼んだ。結局そのときは二週間入院して、点滴と酸素吸入で、血中酸素が

平常値に戻るまで帰れなかった。当の本人はそれほど苦しくもなく、喘息だ

というのに、玄関横の喫煙室へ通ったりして、不真面目な入院患者だった。

 退院してからも吸入器と呼吸量を確認するピークフローという小道具を渡

されて、注意深く生活をしていた。吸入器というのは小さなプラスチックの器

具で、小さなガスボンベみたいなのを取り付けて、シュッシュと口の中に吹き

込むのだ。ステロイド系のガスが喉の奥に入って咳き込みそうになる。喉の

どこかが収縮か拡散かわからないけれども、少なくとも血管と気持ちがきゅ

っとなって、咳が出にくくなるのだろうと思った。

 数年間吸入生活を続けていたが、次第にガスボンベがだぶつきはじめ、

ついには吸入を止めてしまった。いつしか咳は出なくなっていた。

 あれからもうずいぶん経つのだが、最近、喉のところに痰が引っかかる

ようになって、耳鼻咽喉科で看てもらったら、アレルギーだと言われた。今

回は喘息ではないらしい。こほこほと、咳が出る。私は煙草に火をつけて

ひと呼吸吸い込むと、当然ながらまた咳が出るが、それでも気持ちが落ち

着く。喘息のときもそうしてたのだし、本人がそれで治るのならいいじゃな

いか。言い訳しながら喫煙をやめない。

 こほこほこほ。もう癖みたいなものだから、苦しくもなんともないし。むしろ

咳をするたびに腹筋が働くから、ダイエットにいいのではないかしら?そう

思うくらい。こほこほこほ。医者はアレルギーだというけれども、いったいな

んのアレルギーだったっけ。スギ花粉と、埃と、動物の毛と、ダニと。ほかに

も何か言ってたかなぁ。こほこほ。最近、自分が嫌になっているからかもしれ

ないなぁ。自分アレルギー。こほこほこほ。

                                了


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