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第六百八十七話 レジスタンス [日常譚]

 国民不在の政治に対して、不満の声が上がる。もっと生活者の声を聞け、よ

りよい暮らしにための政治を! しかしそんな政治家を選んだのはあなたたち

ではないの? 次はもっとしっかりと眼を凝らして政治家を選びなさい。

 と、ひとりの賢者が言った。ちょっと待て。よい政治家を選べとはどういう

ことか。政治家を選ぶために選挙に行けとはどういうことか。政治家すべてが

選ばれるような政治家に、まずなるべきではないのかと。さらにこう言った。

私は正しい国民のひとりとして、よりよい国づくりのために「何かをしない」

という選択肢を選ぶ。そう、私は選挙に行かない。みんなが選挙に行かなけれ

ば、民主政治は成立しない。まるで国民の責任のように選挙に行けというが、

選挙に行かないという姿勢もまた、正しい姿勢なのではないかな?

 抵抗のために何かをしないという選択肢。まるでガンジーの無抵抗主義のよ

うだが、なるほどこれは一理あるような気がした。前向きに意見を述べても、

なんだかんだと言い返される。それはおかしいと反対しても、それはあなたが

そう思うだけでしょう、と突き返される。ならば、そういう前に出る抵抗など

無駄な努力に違いない。あの賢者の言うように、何かをしなくなるという方法

は、もしかしたら前途を切り開くポテンシャルを秘めているような気がする。

 僕は態度を改めた。何かをするのではなく、何かをしないこと。そう決めた。

そしてそれをはじめたのだが、思いもよらない反撃が生まれた。向こうも同じ

作戦に出たのだ。僕がしないことを相手もしなくなったのだ。

 それをはじめてからすでに一ヶ月が過ぎようとしているが、いまのところ物

事は好転したようには思えない。だがきっと、もうすぐ何かが変わるはずだ。

しかし、それをしないことは結構大変なものだ。おや? 奴が何かをはじめた

ようだ。なんだそれは。手を使って……何かの形を? 手話?

 突然話をしなくなった僕に対して、妻もそれに倣っていたが、次の行動は、

口を利かないのなら、これでと言うことなのか? さっきから妻はしきりに手話

で話しかけてくるのだ。

                        了


 

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