第六百七十七話 炎のとき [文学譚]
早くも何人もの人々が集まってきていた。目の前でメラメラと燃える炎の照
り返しが人々の面に映り、炎を見つめるどの人の顔も興奮に紅潮した子供
のようで、瞳をきらめかせているのだった。ここは、町内でも古い家々が並ぶ
場所で、その一角には地蔵尊が祀られていて、夏祭りのときと年末になると、
ちょっとした屋台が並び、冬場なら社の参道にドラム缶が置かれてあって、
その中で焚き火をして人々に暖をとらせていたりするのだった。
しかし、今日は盆でも晦日でもない、通常の夜半である。たくさんの人々が
集まると、思い思いの言葉が発せられていた。
「いやぁ、今夜はよく燃えますなぁ」
「そうですねぇ、冬場は空気が乾燥していますからな」
「しかし、火というものはいくつになっても気持ちが入ってしまいますね」
「そうそう、子供の頃は、火を眺めていると、火遊びすると寝小便するぞ
なんていわれて」
「あれはなんだったのでしょうね。火を見ているとほんとうに寝小便する
のですかねぇ」
「いやぁ、私は経験ないですが」
「この、炎の照り返しが顔にあたると、気持ちよくって眠たくなります」
「うんうん、飲んでもいないのに、なんだか酔ったような面持ちに」
「それにしても、よく燃えて、きれいですなぁ」
人間というものは、古代火を発明したときから、どうにも火の魔力には勝て
ないようなのである。口々に好きなことを言えるのも、そこが自分の場所では
ないからだ。目の前では遂に炎が崩れ落ち、人々がわぁっという歓声を上げ
る。黄色い防火服を着た男たちが右往左往し、炎を闘っている。やがて消防
車が立ち去り、今度は白い救急車が到着した。
了