SSブログ

第六百九十五話 ウェルテル効果 [文学譚]

 ドラゴン若木は時代の寵児として持て囃されている詩人で作家で音楽家とい

う若者のカリスマだ。黄泉の国で生まれたと主張するその生い立ちは明らかに

はされておらず、能面の上に妖しいゴシック調のメイクを凝らし、中世の西欧

で見られた甲冑を原型にしたようなコスチュームをつけてステージに立つので

素顔はもちろん、体格ですらよくはわからない。テレビや週刊誌といった俗悪

なマスコミを避け、ライブ活動と執筆活動だけで若者の心をとらえた。

 ステージで演奏される音楽は、いわゆるパンクロックと呼ばれているもので

はあるが、雅楽や二胡を取り入れることもあり、奇妙な独自の音楽世界を築き

あげていた。歌詞は日本語だが、ほとんどの歌は聞き取り不能で、ひたすらつ

ぶやいていたり、叫んでいたり、それでもその美声が心をつかむ。よく聞くと

歌の内容は極めて退廃的な、嫌世的なものに聞こえるのだが、それが彼の思想

によるものなのか、単なる言葉の暴力なのかはよくわからない。とにかく歌詞

は、「この世には意味などない」とか「人はなぜ生きているのか不可解なり」

などという繰り返しであり、それ以上でもそれ以下でもない。しかしこの言葉

のインパクトと、多くを盛り込まないシンプルさが、不確実な時代を生きる若

者たちの気持ちに共感したのだと思われる。

 出版物は、歌と同じ内容を中心としたもので、詩集にしても物語にしても、

常に十万部を売り上げているとはいうものの、彼の本が置かれているのは文芸

でも思想でもなく、タレント本のコーナーである。これを見ても、ドラゴン若

木のファンが買っているに過ぎないとわかるのだが、それにしても全国に彼の

ファンが十万人もいるのだと考えると大したものだ。

 若木の素顔は誰も知らないのは既に言ったが、名前が売れるに従って、彼の

奇行や奇妙な志向だけは世の中に広まった。広まったというよりは、故意に自

身で広めたのではないかという節もあるが、いずれにしても歌の内容とその奇

行はどこかリンクするものであり、それらによってファンが離れることはなく、

むしろ面白いタレントであるというこっとが広まって、新たなファンが増えて

いくのであった。

 ところがそのドラゴン若木が急死した。自宅マンションで亡くなっているの

が発見されたという報道がながれるや、列島全体に異様なまでの悲しみの空気

が流れた。悲しみに暮れる若者、ポスターの前で泣き続ける少女、悲しみのあ

まりにこらえきれない感情が怒りに変わって暴れはじめる少年、そうした若者

が一堂に会して暴動寸前にまでなったほどだ。若木の死に様は多くが伝えられ

ていないが、部屋の中は悲惨だったという。食事もあまりとらなかったのか、

豆類や芋類ばかりが散乱し、表沙汰にはされていないが、ドラッグも育種類か

があったらしい。直接の死因は、そおドラッグの入れ過ぎと、喉の奥にまで挿

入されたビニールホースによる窒息死だったとされている。これが事故死なの

か自殺なのか、不可解とされたが、法務上は結局自殺ということで決着した。

最後に執筆された書籍が遺書であろうと推察されたのだ。

 最後に執筆された書籍は、独自の考え方に基づいたハウトゥー的な内容と、

その内容に則した詩歌で構成されていた。ハゥトゥーとされる内容は、ほとん

ど死ぬ方法に近いような快楽手段の考察だった。本のタイトルは「死に至る快

楽」という過激なもので、要は、食欲と性欲を満たす独自の方法によって死ぬ

ほどの快楽を得ることができるのだという方法論と、それらによって俗世の些

事かrた抜け出して解脱できるのだという思想か宗教かわからぬ結果を得たとい

うことが面々と綴られていた。その本を締めくくっているのが、「自己完結で

あの世をトリップする」と見出しがつけられた最終章で、そこで書かれている

ことと同じ方法を自らに施した姿で息絶えていたのだ。

 自己完結とは? なにを自己完結したかったのか不可解ではあるが、彼の

喉に差し込まれていたホースの長さは二メートルほどあり、そのもう一端は

肛門に差し込まれて、ビニルテープで密封されていた。どうやら彼は、芋を

食い豆を食らって腹腔内でガスを発生させ、体内で生まれた自分のガスを吸

うことによってトリップを試みたのか、あるいはその毒ガスで自殺を図った

のと思われる。もちろんそれだけでは死に至るわけもなく、そこに分量を増

やしすぎたドラッグが作用したのだと考えられた。

 ドラゴン若木の死は若者に大きな影響を与えた。ゲーテの著作から名付け

られた「ウェルテル効果」とは、カリスマ性を持った人間の死によって、影

響を受けた若者があたかも殉職するかのように後を追ってしまうという社会

現象をさすが、その大きな特徴はカリスマと同じ方法による死を選択すると

いうものだ。過去、「若きウェルテルの悩み」を読んで自殺した者が銃を使

ったという話は日本ではあり得ないが、入水自殺をした太宰治の後を追った

者、飛び降り自殺をした女性タレントの後を追った者、その多くが同じ方法

をとって自らの命を絶ったとして大きな社会問題になった。そしていま、全

国のホームセンターで、長いホースとビニルテープの売れ行きが高まってい

るという噂が実しやかにささやかれている。

                     了

 


読んだよ!オモロー(^o^)(3)  感想(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。