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第六百八十五話 ロボ・スナイパー [文学譚]

 ギィィィィイイ。グゥィィィィン……。

 男の口元が微かに動いて音を発している。

 ウィィィィィン、カッシャーン。ギリギリギリ……。

 狙撃銃の五百メートル先には三人の黒服が乗り込み、黒塗りの車がいままさ

に発進しようとしていた。スコープに印された十文字の中心が黒い車のボンネッ

トに固定される。次の瞬間、ドウッと小さな音がして、車体に小さな穴が空く。直

後、エンジンが異音を発し、コンマ数秒後には火を吹いた。車内にいた三人の

男はドアを開く間もなく、車体とともに粉々に飛び散った。

「流石だな。いつも通り一発で仕留めやがった」

 少し離れたビルからテレスコープを覗いていたサングラスの男が言った。

「奴は、いままでただの一度もしくじったことなどないのさ」

 もうひとりの口髭をたくわえた男が答えた。

「腕がいいのはわかるが、なぜ奴は直接獲物を狙わない? 車に乗ったほかの

奴らまで巻き添えにする必要があるのか? あれほどの腕ならば、一人だけ狙っ

た方が手っ取り早いのでは?」

 テレスコープから目を放して振り向くと、口髭は煙草に火をつけたところだった。

「ふっ。いまの奴は、人を直接殺すことができないのさ」

「なんで? 奴はもう何人も世界中の要人を仕留めてきたと聞いているぞ」

 口髭は、吐き出した煙を目で追いかけながら語りだした。

 スナイパーはMrアオイ、コードネームはブルー。国際的暗殺者グループに

育てられたいわばエリートだ。若い頃からめきめきと腕を磨き、闇の狙撃者

の中では孤高の存在だとまで言われるようになった。グループを抜け、単独

になってからもその名を知らない者はいないと言われてきた。腕のよさはも

ちろんだが、冷徹で人間心などの持ち合わせていないのではないかと思える

ほどの冷静さで、ただの一度もミスをしたことがないからだ。だが、ある仕事を

境に奴は直接人を殺せなくなったのさ。

「どうして?」

 サングラスの男が訊ねたとき、携帯電話が鳴った。

「……見テイタカ? 申シ分ナイ出来ダト思ウガ? 残リノ金ハイツモ通リ、

スイス銀行二振込メ。イイナ?」

 口髭はわかったと言って電話を切ってから、話を続けた。ブルーが最後に人

に銃口を向けたのは、同じ世界の人間だった。というよりも、古巣の大物だっ

た。奴はそれを断るべきだったのかもしれない。だが何らかの断れない事情が

あったのだと言われている。そして奴はその殺しを遂行した。確実に、ただの

一発でターゲットを葬った。その直後から奴はおかしくなったそうだ。なぜかっ

て? ふふん、奴も人間だったわけだな。そのターゲットというのが、元いた組

織のボスであり、ブルーの育ての親ともいえる男だったのさ。実の親を知らな

い奴にとっては本当の親以上の存在だったらしい。その親を奴は殺した。親

殺し。冷徹な筈のやつの心が壊れた。奴は自分の人間性を徹底的に消去し

たのだろう。いまでは自分のことをロボット、機械人間だと信じているようだ。

そのために仕事の精密さには、さらに磨きがかかった。もはや人間業ではな

い。だが、自分をロボットだと信じている限り、ひとつの制限が生まれてしまっ

たのだ。そう、「ロボットは人間を殺さない」。かつてアシモフ博士が唱えたロ

ボット三原則の一つ目だな。そのために奴は人間に直接照準を当てることが

できなくなってしまったのさ。だから間接的にターゲットが死に至るやり方で、

いまは完璧な仕事をしているのだ。

 ウィィィィィン、カシャン。ウィィィィン、カシャン。

 自らの口で機械音を発しながら悠然と現場を立ち去るブルーの姿は、人間そ

のものだが、その動きはどこか機械的で、それでいて寂しげだった。

                       了


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