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第六百九十六話 切断 [文学譚]

 Re;えっ、そうなんですか? 知らなかったです。

 Re;なるほど。今度注意して見てみます。

 Re;へぇえー? 勉強になりますたぁ(^^;)

 毎日、いや、毎分、手に持ったスマートフォンの画面を操作してタイムライ

ンを見る。知り合いや、実際の知り合いではなくても、このタイムライン上で

知り合った誰かのつぶやきを見ては、それに反応する。自分から進んで書

きこんでいたこともあった。

”ああ、今日は嫌な上司にガツンとやられて、痛かった。”

”評判の映画を一人でみたけど、うーーーん。いま三つかな。”

 そんなことを書いても、誰もレスつけてこないから、つぶやきっぱなしで終了。

こっちが友達と思っていても、向こうはフォロー返しさえしてないのだから、つぶ

やきが届くわけがない。あのつぶやきというものは、みんな勝手につぶやいて

いるみたいに見えるが、実際にはやはり書き込んだモノは誰かが見てくれてい

るという思いで書いている。でなければ、何もインターネットを通じて配信する

ことはないのだ。自分だけで勝手につぶやくのなら、手帳に書くか、さもなけれ

ばスマートホンのメモに書けばいいのだから。

 それでも最初のころは、ランチを食べている店のことや、気に入った男子の話

など個人的なことを書いていた。すると、なぜだか行く先行く先、みんなが私の

ことをなんでも知っているかのような話題が振られるので、なんでだろうと考え

てみたら、自分で個人情報をばらまいているのだと気がついた。これは恥ずか

しいと思い、そういう個人情報は極力避けてたわいもないことばかりしか書けな

くなった。その上私のことを知りすぎた人たちのフォローを怖くなって解除した。

 というわけで、最近は誰かのつぶやきに反応することの方が多くなった。誰か

がこの映画は面白いと書いていれば、そうなの? じゃ、観る。とレスをつける。

観ると書いたからには観なきゃと思ってその映画を観る。あの小説が面白かっ

たと言われると、読む。このタレント好きだなと書かれていると、なんとなく私も

同じタレントが好きなような気がしてくる。あの政治家が言ってることはめちゃく

ちゃだというつぶやきを見ると、特には知らなかったその政治家はダメな人なん

だと思い込む。同じテーマについて、複数の人間が違うことを書いているのを

見るとどっちがどうやらわからなくなって、自分の中では両方共が自分の気持

ちであるかのような分裂した知性ができあがってしまった。

 そうやって、人の意見ばかりに反応しているうちに、私はいったいどこにいる

のだろう。私はいったい何なのだろう。そう思うようになった。喪失感。

 何かにつけて素直な私は悪くはないと思うのだけれども、自分の話をしなく

なって、誰かのつぶやきに反論することもなく、なんでもそうなんだと受け入れ

てばかりということをし続けているうちに、自分自身が消えてしまったようだ。

これではいけない。いけない、いけない。取り戻せ、自分を。いつの間にか

スマートホンを握り締めたまま、私は同じことを繰り返していた。やめとけ。

やめれ。ヤメれ。やーめーれー。

「ほんとうに、接続解除してもよろしいのですか?」

 機械が聞いてきたが、よろしいに決まってる。私は私を取り戻さなければな

らないのだから。最後のボタンに指をかける。ぷっつ。

 つぶやきタイムラインが切断された。

                               了


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