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第四百四十一話 エクソマシーン。 [可笑譚]

 「ピーンポーン」

 土曜日の午後をどうして過ごそうかとのんびりしていたら、玄関

の呼び鈴が鳴った。

「はぁい、どちら様?」

「あのぉ、全日本エキソシズム協会と申しまして・・・。」

 何やらよくわからないが、どうやら訪問販売らしい。是非一度ご

説明だけでもさせてほしいという押しの強さに負けて、玄関を開

けてしまった。すると、黒いスーツの痩せた男が営業笑いを顔に

貼り付けて立っていた。私はどうも昔からこういうセールスに弱

いのだ。すぐに話を聞いてしまう。

「あのですねぇ、奥様のところでは悪魔祓いに困ってはおられませ

んか?」

「はぁ?悪魔・・・祓い・・・?何ですか?」

「あれ。ご存じない?悪魔憑きというものが、昔からあるのですが

・・・ほら、あの、エクソシストっていう映画、見たことありません?

ああいうのが、最近、ほんとに多いんですよ。それで、ローマ法

王までもが世界に悪魔祓い師を増やせ!なんて命令を出してる

くらいですから。ところがね、奥様。悪罵祓い師なんて、そう簡単

に養成出来るものじゃないんですよ。そこで、世界エクソシスト協

会が作り上げたのが、これ。この素晴らしいマシンなのです。」

 男は、扉の向こうから、そう、ちょうど生ビールのサーバー樽く

らいの大きさのものを引っ張り込んだ。大きな車が二輪と、ホー

スが付いていて、ちょうどビル用の掃除機みたいだ。

「ちょっと、奥さん上がらせてもらいますよ。」

男はそういうと、大きな掃除機を担いでさっさとリビングに入り込

んでしまった。

「うわ、やっぱり。この部屋はどうもいけないような気がしたんです。」

「え?何がですか?」

「おかしなことが起きたことはないですか?」

「いえ。別に。」

男が大きな声を張り上げるので、奥で休んでいた夫も起きてきた。

「な、なんだい、一体。」

最初は目を丸くして男とマシンを見比べていた夫だったが、男の話

に少し興味を持ったようで、意地悪そうな目をして言った。

「ほほぉ、エクソマシンねぇ、そりゃぁ面白そうだが、うちには悪魔は

居ないねぇ。」

「そうですか。でもですね、ご主人。」

 すると、愛猫までも奥の部屋からやってきて、にゃあと鳴いた。そ

れを見た男がすかさず言った。

「おお!猫ちゃんがいるのですね。このマシンは、細かい猫の毛に

も対応してますよ。」

男はそう言って、ケーブルをコンセントに差込み、ダイヤルを合わせ

てスイッチをれた。ウィィィィイインと軽やかな音を立てて、マシン

は動いた。

「ほら、細かいゴミや猫の毛も、すべて吸い取ってくれます。吸い取っ

たゴミや猫の毛は、ほら、ここのところの水槽に入っていくんです。こ

のマシンは、紙のフィルター等いらないんですよ。水がフィルターの

役目をするのです。」

「ほほぉ・・・。」

確かに軽やかにゴミを吸い込んでいく様子に、私たち夫婦は見とれ

てしまった。夫は我慢出来ずに言った。

「で、おいくらなんだね、これは?」

「おお、ご主人はせっかちですな。まぁ、ゆっくりとご説明させていただ

こうと思ってるので・・・。ところで、どなたか、喘息とか気管支が弱いご

家族は・・・?」

そんな誘導尋問に私はつい答えてしまった。

「ああ、それならこの人、喘息もちなんですのよ。最近はずいぶんましに

なったようですけど。」

「ああ、それはそれは。そういう方にこそ、このマシンは役に立ち

ます。」

男は、部屋をぐるりと見渡すと、こちらが寝室ですねと言いながら、

夫婦の寝室にどかどかと入って行ってしまった。私たちの寝室に

入った男は、何を考えているのか、カーテンを閉め、黒いカバン

の中からフィッシュランプを取り出した。そうしておいて、ベッド

上の布団をバサバサやった。そこへすかさずランプのスイッチを

オン!すると、ランプが照らし出す光の中に、たくさんのホコリが

舞っているのが顕になった。

「ほらぁ、やっぱり。寝室だって埃だらけ。この埃が喘息を誘発す

るってご存知でしょう?

私は幸い大丈夫なんですけどね:」

そう言いながら男は埃が舞うあかりの中に自分の鼻を突っ込ん

で深呼吸した。

「ほら、こういう埃に負けてしまう人がいるのです。それが、ご主

人、あなたですよ、」

そして男はマシンのスイッチを入れた。すると、光の中のホコリは

みるみるマシンの中に吸い込まれていき、光の中が綺麗になった。

「ほぉら。どうです。このマシンはね、こうした小さなホコリも吸い込

みます。いわば、空気清浄機の役割も果たしてくれる、そういうわ

けですな。」

「そ、それはいいカモ知れない。で、いかほどで・・・?」

「ははん、気になるのですね。これ、このマシンはこれだけの機能を

備えているのに、七十七万円で済むんです。本当は百万するのです

が、今回のこの訪問販売キャンペーンに限って、ラッキーセブンの

七十七!」

「高い!」

「えー!そうですかぁ?そんなことないでしょう。」

「七十七万も払ったら、喘息が・・・げほっげほ!」

「いや、ご主人、健康にはそのくらいのお金は投資したほうが・・・で

も、ちょっと上司に交渉してみますね。」

 男は携帯を取り出して向こうの部屋でごにょごにょ。

「ご主人、上司の了解が取れました!今回に限り、七十七万が五十

五万に!」

 また猫がにゃーんと泣いた。

「あ、猫ちゃん!そうそう、さらに細かい粒子も吸い込みますよ。猫ち

ゃんのおトイレって、結構臭うんじゃないですか?それもこの空気清

浄機能で!」

 スイッチを入れると再びウィイイイン!と軽やかな音がして、なんと

なく臭いが消えたような気がした。これは、本当に役に立つ物かも知

れない。あんなに熱心に奨めてくれるわけだし、私たちのためにあん

なに汚い埃まで吸い込んで。お金だって上役を説得して・・・。私がそ

う思ったとき、夫が言った。

「もう一声!安くしてよ。」

 結局、数十分後、私たち夫婦は男が差し出す契約書に印鑑をつい

いた。

「それでは、車に戻って新しい商品を取ってきますね。」

 男が品物を取りに部屋を出て行った後、私たちは黙ってお互いに

顔を見合わせた。

「ねえ、私たち今、何をかったの?何の契約をしたの?」

「く、空気清浄機だろ?」

空気清浄機?そうだっけ?アレは、掃除機?いやいや、確か男はこ

う言ってた。

「エクソマシン!」

口を揃えてそう言った後、二人はまた顔を見合わせて、眉間に皺を

寄せた。

「ねぇ、エクソマシンって何だっけ?」

「あんなでかいもの、ウチにいるか。」

「しかも、五十五万からさらに値切ったとは言え、三十六万!」

「わけの分からないものに!」

「ピーンポーン」

男が大きなマシンを持って再び部屋に入って来た。

「やぁ、お待たせしました。」

そう言いながら、新しいマシンから梱包のビニールを外しはじめた。

「あのぉ〜。」

そう言っただけで、男は顔も上げずに答えた。

「ダメですよ。もう契約書に印鑑もらったんだから。」

 夫もクーリングオフがどうとか、金は払わないとかわめきはじめ

たが、男は涼しい顔を険しい顔に差し替えながら、無理、無駄、

駄目を連発した。先ほどの愛想のいいセールスマンが、悪魔の

ように怖いお兄さんに変貌した。

 そうだ、こういう時にこそ、このマシンが必要なのではないのか?

私はそう気がついたと同時に男が持って来た新しいマシンをコン

セントにつなぎ、スイッチを入れ、ダイヤルを"エキソシフト"と書

かれた最大メモリに合わせた。

 ウィイイイン。

マシンは新品らしい心地よい音を上げて動き始めた。

「な、何するんです!」

そう言い終わるか終わらないかのうちに、男はマシンの中に吸い込

まれてしまった。

                                           了

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第四百四〇話 自信喪失。 [妖精譚]

 私は今まで順風満帆な人生を送ってきた。それほど大したことを達成してき

たわけではないのだが、さまざまなことが私の思い通りに動いてきたといえる。

自分の努力の成果とも言えるのかも知れないが、自分ではそれほど努力をし

たつもりでもないのに、希望する大学に入れた。在学中も何一つ困ることもな

く、挫折もしないで悠々自適なキャンパスライフを送って卒業した。高望はしな

かったとはいえ、希望の会社に就職できた。思わぬところで出会った素晴らし

い女性と結婚もした。コツコツとセールス活動を続けた結果、それなりの成果

を達成して、順当に昇進。まさか社長になりたいなどと思ってはいないわけだ

が、早い時点で部長にまではなれた。どういうわけだか、会社の移転などもあ

って、自宅に近いところに移ってきたし、なんだか何もかもが私の思い通りに

動いてきた私の半生があった。

 ところが、このところそれが思わしくないのだ。そろそろ体力が落ちてきたのか

なと思っていたら、痛風という病気になった。これではいかん、仕事にさし障ると

考えていたら、仕事も閑職に配置換えになった。徐々に若者に譲っていく年齢

なのだと言われればそうなのかも知れないが。自分ではまだまだ働ける年齢

であると思っているだけに、この事実上窓際という采配はかなりショックだった。

 だいたい、あれがいけなかったのではないかと今になって思う。あの、十数

前に起きたアメリカでの9.11テロだ。あの頃私はまだ勢いがあって、不景

気を吹き飛ばすためには何か大事件でも起きた方がいいのではないかなん

て思っていたら、あの事件が起きたのだ。そして案の定イラク戦争が起きて、

世界の経済が少し動いた。

 あれから十数年も過ぎたのに、景気は一向に回復しない。これじゃだめだ。

類はやり直さなければいけないのでは?そう思っていると、東北地方で大

震災が起きた。まるでノアの方舟時代の大洪水が起きたのだ。こんなこと、私

が積極的に望んだわけでもないのに、悪い方へ悪い方へと考える癖のある

私は、そんな災害を想像してしまったのだ。想像するということと望むという事

は違うのに、私の場合はそうはならないらしい。私が想像したことは、私が望

んだことと同じくらい起きてしまうのだ。不思議なことなのだが。

 自分の落ち込みも、自分が想像してしまったからそうなったのに違いない。

もっとバラ色の未来を想像出来ていたなら、きっと私自身も病気になどならな

かっただろうし、窓際左遷もなかったに違いない。しかし、これは性格だから仕

方がない。私は調子がいい時は前向きになれるのだが、少し調子が崩れると、

どんどん悪いほうへ悪い方へと思考が傾いていく。病気になるのではないか、

病気がもっとひどくなるのではないか、そうしたら働けなくなるのではないか、

誰も心配してくれないのではないか、やがて死んでしまうのではないか。

 世の中の事だってそうだ。不景気が続くのではないか。厭な事故が起きるの

ではないか、災害もくるのではないか、やがて終焉が訪れるのではないか・・・。

そう、私は自信をなくしてしまうと、とことんだめになってしまう性質らしいのだ。

 その頃・・・

天使庁大臣「親神様が、御子息を修行のために地上で人間と交わらせるとおっ

ゃられた時には、それもいいのではないかと思い、賛成させていただきました。

しかし、あれから長い年月が過ぎて、今、御子息は地上で何か善からぬ方向に

傾いておいでです。そろそろ天上に還される時期ではと・・・。」

「ふぅむ。それでは中途半端な。最後まで人間と運命をともにさせてこそ、全能の

神として崇められるようになるのではないかな?もう少し・・・そうじゃな、マヤ暦が

指し示す2012年12の月まで待とうではないか。地上に降りた神・・・あやつの錯

乱によって人類が終わるのか、はたまたノアの方舟の時のように、人類を救うの

かを。

                                了

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第四百三十九話 あっという間。 [空想譚]

 近頃の時代の変化は速い。技術革新というものか、こないだ新発売された携

帯電話やテレビなどの家電製品にしても、びっくりするくらいの短い期間にもう

旧式扱いだ。インターネットというものだって、次から次へと新しいツールやアプ

リケーションというものが生まれてきて、古びた人間である私など、もはやつい

て行けないような状態だ。

 こんなことは今に始まった事ではない。もう二十年も前に、ある有名広告コピー

ライターが、某アルコールメーカーの広告コピーでこう書いた。

「世の中なんて、あっという間に変わってしまう。」

 僕はこの言葉を思い出して、本当にそんなものなのかしらん?と思って、つい口

に出して言ってみた。

「あっ。」

世の中が変ってしまった。

                                    了

※注)秋山昌「時代なんか、パッと変わる。」(サントリー・リザーブ シルキー1985年)

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第四百三十八話 話せる人養成セミナー。 [日常譚]

 [話せる人養成セミナー]

 人間はコミュニケーションして集団で生活する社会的動物です。あなたは、

隣の人とちゃんとコミュニケーション出来ていますか?時代の進化とともに、

人と人とのコミュニケーションはますます複雑化し、インターネットの普及が

さらにコミュニケーションの難しさを倍加させている昨今。さぁ、あなたも当

せる人養成セミナーに参加して、誰からも愛される”話せる人間”を目指しま

せんか?

 こんなチラシが家のポストに入っていた。なんだ、これは?話せる人を目指

すか・・・。そういえば、最近は会社でも、個人情報がどうだとか、コンプライス

メントがどうしたとか、そんな雁字搦めな世の中になってしまって、会社に何か

を提案しようとしても、それは法律上いかん、あれは個人情報が引っかかる

らだめだみたいなことで、融通が利かないことが増えたな。話がわからん

人間ばかりになってしまった。昔は少々の難があっても、”行ってしまえー!”

なぁんて話の分かる偉いさんが多かったような気がするな。今は・・・私自身

が部下や息子が持ってくる話に耳を傾けて話を分かってやらなければなら

ない年代になってしまったわけなのだが、そうか。こういうセミナーも有効か

も知れないな。世代ギャップなんて言わないで、話のわかる親父になってや

れば、息子とももっと話が出来るのかも知れないな。

 私は、最近富に若い世代の会話について行けなかったりする自分を感じる事

もあって、このチラシのセミナーに参加してみることにした。

 「あ、初参加ですね。どうされますか?まずは見学しますか?それともすぐに

入会されますか?」

 受付でそう尋ねられて、そもそもはじめる気になっていたので、すぐに入会し

ようと思った。

「えーっと、入会費とか、いるんですよね?」

「はい、入会金が五万円、受講料が五回ワンセットで五万円、合計十万円にな

っています。ツーセット目からは入会金は要りませんので、継続されるとお得で

すね。」

十万円かぁ・・・まぁ、セミナーって言えばそんなものか・・・。そう思いつつも、今

回はそこまでの現金を用意して来なかったので、まずは見学ということにしても

らった。見学と言っても、五千円が必要で、眺めているだけではなく、いわゆる

体験コースなんだだそうだ。

 セミナー会場となっている広い会議室に入ってみると、案外たくさんの人々が

集まっていた。男も女も、若いのも高齢者も。驚いたのは、外国人が多い事だっ

た。近頃は、日本にやってくる外国人は多いので驚く事でもないのかもしれない

が。それにしても、海外の人までもが日本語でのコミュニケーションを高めたい

と考えているというのがまさしく“今”だな、と思った。

 いよいよセミナーが始まった。壇上に上がったのは、チラシにも顔写真が出

いた塾長だが、偉い人なんだろうけれども、髪型や浅黒い顔つきが、なんと

しいアジア人という風貌だ。

「みなさん、こんにちは。今回は新年度最初のセミナーということで、大半の

方が初めての顔ぶれという感じですな。当話せる人間セミナーへようこそ。

私が塾長の足利孝憲です。それではみなさん、早速ですが、スタンダップ!

まずはウォーミングアップですぞ。はい、背骨を伸ばして、肩を後ろへ!大

きく息を吸い込んでぇーーー、吐く!ふわぁぁぁああああーーーーーーっ!

はい、もう一回!大きく息を吸い込んでぇぇぇええええーーーー、吐く!ふわ

ぁぁぁぁあああああー!はいっ、もう一度!すぅーーーーぅぅうううーーーー、

ふわぁああああああああ!」

受講生はみんな勝手知ったる感じなのか、一斉に息を吸ったり吐いたりしてい

る。私はいきなりだったので、まごまごしながらも塾長について行った。

「うむ。言葉を発するためには、まず息が出来なければならん。正しく息を吐き

してこそ、その息に声を載せる事が出来るんだ。これは、基本中の基本であ

るぞ。では、もうワンセット・・・。」

 結局、二十分くらいはこの深呼吸体操みたいなものに費やされた。こういう

ことも確かに大切なんだろうな、私はそう思って一生懸命息を吸ったり吐いた

りし続けた。

 呼吸法が終わったと思ったら、今度は「あっ!」とか「うっ!」とか、学生時代

に放送部や演劇部がやっていたような発声練習が続いた。なんだかこれ、セ

ミナーというよりもヨガ教室かなんかみたいだなぁ。そう思ったが、そのうちセ

ミナーっぽくなるんだろうと黙って言う通りのトレーニングを続けた。やがて発

声練習も終わって、ひと心地ついた様子で、塾長は皆を座らせて、話始めた。

 「みなさん、御苦労さま。なんだかバカみたいだと思った人もいるのではない

でしょうか?今行ったことは、話せる人になるためにはとても大事な基礎訓練

です。ちゃんとした呼吸、ちゃんとした発声が出来ないと、ちゃんとした話せる

ひとにはなれませんぞ。さて、いよいよ本題に入りますが、心の準備は大丈

夫ですかな?話せる・・・Can Speakということは、もっとも人間らしい行為で

あり・・・」

ここから、塾長の十八番なんだろうが、会話とコミュニケーション、話せる人に

なるとはどういうことか、という講義が延々と始まった。もっともらしい話ではあ

ったが、よくわからない煙にまかれているような話。要するに、正しいコミュニ

ケーションこそが、人間に立派な仕事をさせることが出来る、そんな話なんだ

ろうなと思った。話せる人間とは、文字通り、さまざまな人の話を汲み取ること

が出来る、聞き上手話し上手な人間の事なんだろうなと思った。だが、ひとし

きり塾長の演説が終わったかと思ったら、再びトレーニングが始まった。

「それでは、私の後について発声してください・・・。

おはようございます!こんにちは!こんばんわ!」

「ありがとう!どういたしまして!」

 なんなのだ、これは・・・?もしや、これって外国人向けの日本語教室なのでは?

そう思って周囲をもう一度見回してみる。確かに半分がたは外国人だ。残りは日

本人だと思ったが、もしかしてアジア系の外国人か?そういう目で見たが、やはり

残りは日本人らしい。今さら、大の大人が幼稚園児みたいに挨拶の練習をさせら

れるものだろうか?

 「はい、そこのあなた、なんじゃこれは?と言いたそうな顔をしてますね。これは、

この挨拶は大事ですぞ。コミュニケーションの第一歩ですぞ。あなたは毎日家族

や会社の人とちゃんと挨拶出来ておるのかね?」

急に白羽の矢を向けられて、私は全身から汗が噴き出した。だが、塾長が言う

りだ。最近は家でも会社でもロクな挨拶をしていないことを思い出した。うち

の会社の伝統なのか、みんなおはようもお疲れさまも言わないで、そーっと席

について知らない間に帰っていく。その習慣が身について、私は家に帰っても

あまり挨拶をしないで過ごしてきたような気がする。

 「日本語が話せる人は、まず、おはよう!こんにちは!が正しい発音で言え

なければなりません!」

熱心にそう繰り返す塾長なのだが、「日本語が話せる」という言い方が引っか

かった。やはりここは日本語教室なのか?

 一時間半のセミナーが終わって帰ろうとしたら、先ほどの受付のお姉さんに

呼び止められた。

「あ、どうされますか?このまま今日、入会されました方が、本日の体験料分が

戻ってきますのでお得になりますが・・・。」

そこで私は聞いてみた。

「あのぉ、このセミナーって・・・外国人向けの日本語教室なのではありませんか?」

「うふふ、初めての方は、そう思うみたいですね。でも違いますよ。確かに外国人

の受講生も多いんですけど。このセミナーは正しい日本語で正しく話せる人間を

育成して、国際社会にサバイバルできる人材を世に出す教室なんですよ。」

そう言われて、納得したようなしないような。とにかく、私が受講するかどうかは

持ち帰って考えてみることにした。つまり、それほど今の世の中の言葉というも

のが希薄になっているのか、それとも、このセミナーがトチ狂ってるだけなのか?

「よく考えてみます。」

そう告げて帰ろうとしたら、受付のお姉さんがつけ足してきた。

「あぁ、もしあれでしたら、他にも”息の吸い方セミナー”とか、”正しく歩く方法塾”

とかも併設していますので、ご検討くださいね。

 息の吸い方?歩き方?日本人はどうにかなってしまったのだろうか・・・?

                              了

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第四百三十七話 スぺース・オペラへようこそ。 [空想譚]

 信哉と章吾は根っからのSF好きだ。子供時代にジュール・ヴェルヌの「海

底二万里」やヴァン・ヴォークトの「宇宙船ビーグル号の冒険」といったサイ

エンス・フィクション小説と出会ったのが最初だと思うが、ちょうどその頃テレ

ビや映画でも怪獣モノが大当たりしていたことも深く影響しているのだと思

われる。今でこそ、少々のCGや特撮映像を見ても驚きさえしないが、当時

は不思議な映像を食い入るように見つめ、巨大怪獣が出てくると驚いての

けぞったのだ。

 子供時分に見た映像は、大人になってからも思いのほか人間性に影響

与えているものだ。だから英才教育だとか、三歳までの情操教育が大事

といわれるのもうなづける。SFを見たり読んだりして育った人間は、いつ

でたってもSFが好きなのだ。

 「星間戦争が、3Dになって再上映されるね。」

「ああ、あれねぇ。僕はDVDで持ってるけど、やっぱり大画面で見る方がい

いよね、あの映画は。僕は3Dでなくってもいいとは思うけどね。」

「ふーん、俺は飛び出るのがいいと思うけどね、リアルで。けど、最近、ああ

いう映画、なんていうの?スペース・オペラっていうのかな、あまり見なくなっ

たと思わないか?」

「スペース・オペラ?なんだそれ?あれはオペラなのか?僕が見た映画では

誰も歌ったりしてないぞ。オペラってほら、あれだろ?ワーグナーとかモーツ

アルトとかの・・・。」

「それは歌劇のオペラだろ?スペース・オペラっていうのはさぁ、宇宙で繰り広

げられる壮大な星間戦争ものみたいな・・・。」

「へへっ。ちょっとボケてみただけさ。というか、そのくらい最近はスペース・オ

ペラなんていう言葉さえ使わなくなってきたよねっていう・・・。」

「確かに。なんでだろうね。」

「一説によれば、もはや現実と物語が近くなり過ぎて、ああいう荒唐無稽な話

では皆が納得しなくなったっていうか・・・。」

「ふーん。俺が聞いたのは、ああいう映画っていうのは、ある種警告みたいな

ものだっていう話。」

「何なにそれは?」

「あのな、もうすでに地球にはエイリアンが大勢住んでいてな、政府とかNASA

はそれを知ってるわけ。だが、いきなり国民にそういう話をしたら混乱するから

映画の中にエイリアンや宇宙の物語を登場させてな、徐々に馴らしていこうと

いう国際的な動きだっていう。」

「するってえと何かい?スペースオペラばりの現実が、もう身近にあるってぇ、

そういうわけかい?」

「なんだよ急に江戸弁になって。ま、そういう事だな。俺もエイリアンの仲間か

も知れないということだな・・・。」

「・・・ま、まさか・・・お前、エイリアンなのか?ぼ、僕は信じないぞ・・・。」

「あほか、お前は。マジレスしてどうする。俺は人間さ。」

「に、人間・・・でもさ、いつああいう宇宙物語に巻き込まれても仕方がないくら

いには理解しているわけだろう?」

「ま、まぁな。ちょっとやそっとの事では驚かんわな。それに・・・そりゃぁ、俺だっ

てSF好きな人間だからな、死ぬまでに一度くらい宇宙へ召喚されたいものだわ

な。」

「よく言った!それでこそ我らSF世代の人間だ。いまさらエイリアンに驚きもしな

いわなぁ。すでにこの国にもエイリアンがうようよいるといわれたところで、もは

やそれもアリって感じだよね。」

「そうだ、その通りだ。しかし信哉はいつになく熱を込めていうよな、そんな事。」

「だってさ、そろそろかなぁと、思ってね。」

「そろそろって・・・何が?」

信哉は章吾の眼を注意深く見詰めながら、静かに頭を抱え込んだ。そのまま両

手を下ろすと、ずりっと頭の皮が剥がれて、その下から巨大な昆虫の頭部が現

れた。」

「さぁ、章吾。これから僕と一緒に宇宙へ出よう。今、宇宙戦士が募集されている

んだ!さぁ!」

 こうして宇宙人信哉に召喚されて、章吾は現実のスペース・オペラに巻き込ま

れることになったのだった。

                                   了


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第四百三十六話 桜の時間。 [妖精譚]

 桜の花々はなぜにこうも人の心を動かすのか。あれほど美しく咲き乱れた後

に儚く散っていくその定めがあるからこそ、限りある生命への諦念かはたまた

自分の運命と共鳴するのかも知れない。

 今この世界に咲く桜は、散ってはまた蕾をつけて咲き乱れる。温暖化や気象

異常という大自然の脅威を乗り越えて、いつしか人類は永遠の春を手に入れた

という。その原理や技術はわからないが、永遠の春というものは、人々の願いだ

った。厳しい冬や茹だるような夏の楽しみ方を惜しむ声もあるのだろうが、一年中

快適な季節であることが出来るのなら、生命にとってはそれにこしたことはない。

何故なら、我々が冬は暖房を、夏には冷房を駆使して環境を整えてきた理由は、

それこそがせめて室内だけでも春という過ごしやすい時節を再現しようとしたか

らに他ならないから。技術革新によって、室内という小規模な空間だけでなく、

屋外のみならず地上全体に春を再現し、キープし続けることが出来るようにな

るのなら、それを具現化しない手はない

 昨日のように小雨に煙る桜木の風情も悪くはないが、やはり私は今日のよう

に目に眩しい青空の下の桜が好きだ。青空を背景にしてこそ白っい花塊が

映え、はらはらと舞う花びらを優雅に見せてくれる。そろそろ温かさが見てき

たなと思い、私は思い切って長袖のシャツを脱いで着替えた半袖の腕に絡み

つくそよ風が心地よい。以前にもこんなことがあったかなぁ。春めいた空気を

胸いっぱいに吸い込みながらそう思ったのは今日が初めてではない。毎日繰

り返される春の心地よさを感じる度にデジャブを感じるのだ。

 満開の桜が名所となっている通りに佇む私は、次に起きることを予測する。

もうすぐパピヨンを連れた老婦人がやってくるだろう。パピヨンは、反対側から

来た若奥さんに連れられたダックスに吠えかかる。驚いた若奥さんは思わず

リードを離してしまい、犬は歩道を走り抜ける。その方向からやって来たサラ

リーマン風の男性の足にじゃれついたダックスは彼に捕まえられて、若奥さ

にリードが返される。この一連の動きを私は何度も見た。そして、次の瞬間、

暗闇がやって来るのだ。私には何が起きたのかわからない。だが、気がつくと

再び天気のいい青空の下で満開に咲き誇る桜の木の下で通りを眺めている

のだった。

 「もう、一年も過ぎたのねぇ、あの日はちょうど今日みたいなお天気だった。」

「ほんと、そうだわ。ちょうど一年前の今日よ、鈴子が事故に遭ったのは。」

「あの日は大変だったよね。いつもは静かで長閑ですらあるこの辺りが騒然と

して・・・。」

「まさか、こんなところにクレーンがあるなんて。」

「その上、突風に倒されて落ちてくるだなんてね、誰も想像できないよね。」

「ほら、そのマンションの屋上から落ちてきたんだわ。」

「ああ、これが建設中だったのね。」

「本人も何が起きたか分からなかったと思うよ。」

「彼女、まだこの辺にいるような気がするわ。私たち仲良かったんだもの。」

「ほんと、そうだわね。でももうとっくに天国に行っていなきゃ。」

 二人は一年前に事故が起きた場所に小さな花束を置き、手を合わせた。桜の

びらがはらはらと散る。微かな風が吹いて、数篇の花びらが悪戯のように二人

の周りで舞い踊って見せた

                                    了


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第四百三十五話 顔。 [脳内譚]

 バイクで走っていて軽い交通事故に遭ったのがきっかけだった。こちらはい

つもの幹線路を法定速度で走っていた。すると横道からいきなりセダンが飛び

出してきたのだ。私は慌ててブレーキをかけたが、安モノのバイクだからか、と

ても安定が悪く、後輪が滑ってドラフト状態になった。そのまま横倒しに倒れ、

バイクは倒れたままセダンに突っ込んだ。セダンの横っ腹には丁度私のヘルメ

ットと同じ半球型の凹みが出来た。田舎道の事で、それほどスピードを出してい

なかったことが幸いしてたいした怪我ではなかったけれども、ヘルメットの透明

カバー部分が割れて私のアゴを裂いた。すぐに救急車がやって来て病院へ搬

送、応急処置を施してくれたが、五センチ程度の傷跡が残った。

 「とりあえず、応急的に縫ったのですが、傷跡が残ります。これは後日、ウチ

の形成外科で再手術すればほとんど分からなくなります。」

そう言われてしばらくは傷の治癒のために通院した。ひと月ほど経って、傷は

十分に癒えたのだが、ケロイド状に盛り上がった皮膚に縫い目が残った。せっ

かく治ったのに・・・とは思えたのだが、やはり女性にとって顔の傷は、と考え

治して形成外科の扉を開けた。

「ああ、結構大きいですね。でも、大丈夫。再手術すればほとんど分からなくな

りますよ。」

そう言う形成外科医の言葉を信じて再手術を受けた。手術は、元の傷跡に沿っ

てきれいに表面を取り除き、裂けた服を修繕するように、注意深く切れ目を縫い

合わせていくという簡単なものだ。その手術後に、毎日細手の絆創膏を貼り、傷

跡よ消えろと念じながらメンテナンスを続けた。ひと月後。

「ああ、大分きれいになりましたね。これでもう大丈夫ですね。もうしばらく絆創膏

を続けてくださいね。」

医師はそう言う。確かに応急処置の時の傷跡に比べれば随分きれいになった。

だが、やはり傷は傷。私の口の下、左側にはまだなお五センチくらいの線が一本

入っていた。

「後はねぇ、日にち薬っていうんだけれども、年月が経てば分からなくなりますよ。」

医師はそう言うが、半年過ぎても一年過ぎてもアゴの線はホウレイ線のようにくっ

きりと描かれていた。

 交通事故では、人より自転車、自転車よりバイク、バイクより車の分が悪くなる。

つまり、事故保険の配分は、バイクと車の場合、ほとんど車側が責任をとる形に

なる。ましてや私の事故は、こちらが幹線道路で、しかも車は左右確認を怠って

の飛び出し。突っ込んだのは私のバイクだったが、全面的に向こうが悪いという

ことになった。医療費は保険で賄われるだけでなく、この場合、私は先方に慰謝

料を要求することが出来た。先方が悪いとはいえ、出来事はタイミングのせいだ

とも言えるのだから、向こうも災難と言えば災難だ。とりわけ顔の傷は慰謝料が

高い。しかも男性より女性、中高年より若年、既婚より未婚の被害者の慰謝料

額が高くなる。もし私が男性だったなら顔に5センチの傷が出来ても三百万くら

いしか請求出来ないが、未婚女性ということになるとこれが千万ちょっとになる

のだ。私は示談の結果千万円の慰謝料を手にした。

 この千万がなければ、私は留まったことだろう。だが、美容整形の費用が手元

にあるのだ。このシワのような傷が消せるものなら消したい!そう願うのは間違

っているだろうか?私は美容整形外科の扉を叩いた。

 美容整形で傷を消す方法はいくつかある。レーザーで焼く、皮膚を削る、移植

する。私の傷はやや深めだったので腿のところの皮膚を移植することになった。

その説明を聞きながら私は思った。どうせなら、両頬に残る痘痕も消せないかし

ら?もちろんそれは可能だった。一度に全部行うことは出来ないが、少しづつ治

していこう、美容整形外科医はそう言った。

 数カ月後、私の顔の傷は泣くなり、痘痕もすべて消えた。若い頃のようにつる

つるの顔になった。美容整形を受けると癖になる人がいるというが、私にはその

気持ちが分かった。ここまで美しくなれるのなら、もっと美しくなりたい。それに一

部分が美しくなったら、別の醜い部分が目立ち始める。鏡を覗き込みながら、私

は顔中をチェックした。そして再び美容整形外科の門をくぐった。

 三カ月後、私の輪郭は一回り縮み、大きかった鼻はスリムになり、アゴのライン

も、目頭の位置も、何もかもが理想的なデザインに変わった。

 顔が変わっても、その下にある中身までは変わらないだろうと思っていた。だが、

顔のデザインが変わると何もかもが変わってくる。華麗なドレスに身を包むと、誰

もがレディになるように、新しい顔は私の内面を大きく変えた。もうバイクには二

度と乗らないし、カジュアル過ぎる服も着ない。まるでハリウッド女優のような気

分で服を選び、インテリアを買いなおした。今まで働いてきた会社も辞め、モデ

ルか、受付か、何か今の自分にふさわしい仕事を探すことにした。友達もそうだ。

今まで友達だった彼女たちはもう私にはふさわしくない。もっとおしゃれで洗練さ

れた美しいん人間こそが私の友達だ。そうだ、家族も探さなければ。あの田舎の

古臭い家に住む年寄りは私には似合わない。新しい両親を探さねば。もっとゴー

ジャスでセレブな雰囲気を持ったお金持ちの両親を。

                             了


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第四百三十四話 岩爺。 [脳内譚]

 若いころは何でも出来ると思っていた。何にでもなれると思っていた。つま

り夢と希望に満ちていたのだ。だが、入試で挫折し、入社で挫折し、昇進で

挫折し、四十歳を過ぎた頃にはすっかり疲弊したただのオヤジに変わって

しまった、それが松本五郎という男だ。

 五郎には何人かの相談相手というか酒飲み友達がいるのだが、その中

でも最も相談し甲斐があるのが岩本の親父通商岩さんだ。五郎よりもふ

たまわりも歳上なのだが、それだけに含蓄のある答えを持っている。

「あのなぁ、五郎ちゃん。お前さんは何をして幸せだと思っとるんだ。もしや

嫁が自分の言うことを聞いてくれたらなぁとか、会社が自分を認めてくれん

とか、神様は何をしとるんだとか、そんな風に思うとるんじゃないかな?」

「え、まぁまぁ、神様はどうかわかりやせんけどね、カミ様はもうちと俺の言い

なりになってもいいんじゃないかとは思いますねぇ。」

「やはりな。そうじゃろそうじゃろ。人間はな、どういうわけか、周りが自分の思

う通りになるんじゃないかと思う。嫁さんが自分が願うとおりにしてくれると思う。

世間が自分の思うとおりに動いてくれるかもしれんと思うとるんじゃな。そこに

大きな挫折のタネがあるんじゃな。なぁ、そんなもん、叶うわけがない。おまい

さんは、奥さんが思うとおりにしてやっとるか?おまいさんは上役の思う通りに

働いとるか?だぁれもそんなことはしとらんと思うな。人間はな、自分が思う通

りにいかなんだ時に不幸だと思う。そうじゃないかな?」

「はぁ、なるほど。そうかもわからんねぇ。そうかそうか。俺がもっと給料くれって

願ってもそうはならん。ならんから幸せになれんと思う。不幸だと思う。なるほど。」

「だろ?だったら、最初からそんなこと願わんかったらええ。無理なこと、無駄なこ

とを願うから不幸になるんじゃ。人は人。周りは周り。おまいさんはおまいさん。お

まいさんが自分で出来る事だけをやって、他人をコントロールしようなんて思わぬ

ことじゃ。人をコントロールしようと思うと反対にコントロールされてしまう。その挙句

まったく思ってもみなかった結果を招いて不幸に感じるのじゃな。」

「なるほど。じゃぁ岩さんはそういう風にしてるのかな?」

「ま、そうじゃな。わしは何も望まん。自分が出来ることだけを自分でやる。

その成果を誰かに認めてもらおうなんて金輪際思わん。」

「じゃぁ、もし、逆に相手が岩さんをどうかしよう、何かさせようなんて近寄

ってきたら・・・どうすんです?」

「たとえば、怖い兄さんがワシのとこにやって来て、クヌ野郎!土下座せ

んかいとか言ってきたら・・・ワシは素直に土下座するな。」

「ほぉ。それでええの?理不尽じゃない?」

「なぁんも。そんなもの簡単なことじゃろ。そいつの言うことを捻じ曲げる方

が遥かにしんどいわ。ワシが土下座すればいいんじゃ。」

「はぁ・・・そんなもんですかね。そりゃあまるで・・・無抵抗・・・。」

「そう、無抵抗という抵抗じゃ。心の中でウホホと思いながらそうすりゃええ。

右の頬を叩かれたら左の頬も出したらんかい。な、それが当たり前だと思

えばどうってことない。逆に相手がワシを鍛えてくれとるくらいに思うたら、

すっごく得した気分になるわな。」

「岩さんは偉いな。まるで聖人みたいだな。神様仏様岩様だな・・・。」

「うんうん、最近はな、岩爺と呼ばれとるで。岩爺…ガンジイ・・・。分かるな?」

                            了


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第四百三十三話 似てくる話。 [可笑譚]

 「なぁ、面白いことに気がついたんだけど。」

「なんなの、唐突に。」

田中と山本は同じ商社の同僚だ。外出していないときはたいていコンビニ弁当

を買ってきてデスクでしゃべりながら食べるのだ。

「同じ会社にいるとな、声とか話し方が似てくるなぁと。」

「ほぉ、やっと気がついたか。」

「やっとって・・・お前は知ってたのか?」

「知ってるとかそういうんじゃなくて、気がつくだろう。たとえば協力会社の

神谷商事な、あそこは小さな商事会社だから、ウチに来るのは担当営業

の島田一人だ。だから、神谷商事の他の人間は会ったことがないんだけ

ど、電話をするとな、おんなじ声で同じしゃべり方の別の奴が出るのな。

最初は島田かと思って話してたら、ちょっとお待ちくださいって・・・。」

「そうそう、あそこはみんな似てるよな。」

「だがな山本、ウチみたいな大きな会社だとな、そうでもないぞ。」

「そうか。ウチくらい大きな会社のみんなが似てたら気持ち悪いわな。」

「気落ち悪い。でもな、もしかしたらウチみたいなとこはな、部署毎に似てる

かも知れんぞ。」

「そうかなぁ・・・ウチは似てないぞ、そう思わんか?ウっシャシャシャシャ。」

「そうだよな、ウチは違うな、似てないな、ウシャシャシャシャ。」

 そんな話で盛り上がっていると、デスクの電話が鳴った。

「もしもし?あ、ああ、神谷商事の島田さん。」

受話器から聞こえてくるのは、少し鼻に掛った島田の声だ。しかも粘着質な感

じの引きずるような話し方。「もぅすぃもうすぃ~神谷商ズゥイの島田でごずぁい

まぁす。」こんな感じだ。田中はニマっとして山本に目で合図する。

「え?なんだって?新商品を入荷した?出物だからどうかって?うーん、それ

はどうかなぁ・・・え?何?上司と代わる?」

田中は、隣にいる山本にも分かるようにわざわざ相手の言ってることを繰り返

して見せながら山本にウインクしてみせた。

「くゎまたでごずぁいまぁす・・・。」

「ああ、鎌田部長?お久しぶりです。ええ。今島田君から伺いましたが・・・それ

って価格の方は・・・?はぁ・・・それ、少し相場で言うと高いのでは・・・?え?他

の品物とはずぇんずぇん違うって?いや、でもね、部長・・・初めての品物は売れ

るかどうかもわからないんだし・・・少し勉強したらどうです?え?何?社長と代

わるって・・・?あ、いいよぉ、そん・・・。」

田中は受話器を手で押さえながら山本に向かって言った。

「くくく!本当にそっくりなんだよ!島田と鎌田部長。で、今度は社長と代わ

るってよ!これまた社長もそっくりなんだよな。」

「くくく!面白いねえ。」

再び田中は真面目な顔になって受話器を持ちなおした。

「もぅしもぅし、神谷でごずわいまぁす・・・。」 

「あ、もしもし。神谷社長!え?困ってる?何とかお願いだって・・・?うーん。

じゃぁ、とりあえず島田君にサンプルを持たせてもらえますか?じゃぁ、もう一

度担当の島田君お願いします。」

 受話器の向こうは神谷商事。他には誰もいない小さな事務所で神谷一人が

熱演していた。

「ああ、島田君でごずわいますね。ぅ分かりました。」

神谷は受話器を右手から左手に持ち直して、少し声色を変える。

「あ、島田でごずわいまぁす!毎度!ありぐゎとうごずぁいます!やっぱ、う

ちの神谷は押しが強いんす。俺が言ってもドゥワメなことでも、神谷がぁお願

いすれば、田中さんもに変わりますもんねぇ・・・!うぃっひっひ!」

神谷は電話口で適当な応答をしながら思う。あぁ、こうでもしなければ・・・ウ

みたいな零細企業は、せめて何人かいるようにしないと相手に舐められち

うもんなぁ。苦労するわなぁ・・・うぃっひっひっひ。

「あ、では、午後からサンプル持ってお邪魔させていただきますでごずわいま

ぁすよ。うぃっひっひっひ。」

                                  了


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第四百三十二話 死神。 [妖精譚]

 今日もまた朝からいい天気だ。桜が満開の公園横を歩いていると、このまま

用事も忘れてこのままのんびりと花見を始めてしまいたいような心地よさ。足

取りも軽く、こんな日には世界中が幸せに満ちているに違いないと思えてしま

う。こんな気持ちのいい日に、病気になったり、事故が起きたり、誰かが命を失

ってしまうなんてことは起きるはずがない、そう考えてしまいそうだ。

 だが、人々の不幸は好天とは無関係にやってくる。こんないい日にどうして自

分が?何もこんなお天気のいい日じゃなくても。当事者はそう思うに違いない。

だが、病気や事故、不慮の死は、地球の自転とは全く無関係に訪れるのだ。運

命?それとも自業自得?どちらでもない。 

 咲き誇っている桜に向かって突風が吹きつけて、散るにはまだまだ早い花弁

の数々がさらさらと舞い落ちていく。それは運命か?それとも自業自得か?その

どちらでもない。ただたまたま風が吹いただけだ。風はこの桜の周りでなくてもよ

かったかもしれない。だが、偶然この桜の周りで発生してしまったのだ。まったく

の偶然。神のご意思ですらない。

 ある事か大胆にも道を渡ろうとしているガマガエルがいる。結構な数の車が行

きかっているのに、カエルは難なく道を渡り切るかも知れない。それを見た別の

カエルが真似をして道向こうの田んぼを目指して最初のカエルの跡を追う。注意

深く、車を避けて渡ろうとする。だが彼は、道路に出たとたんにぶちゅっと車に潰

されてしまう。これも運命ではない。たまたまそうなっただけのこと。

 世の中の幸も不幸も、誰の意志でも運命でも努力の成果でも、なんでもなく、た

だただそこを通りがかったという偶然だけで起きるのだ。

 私は相変わらずいい気分で歩いている。十階建てくらいのビルにロープが垂れ

がっている。見上げると、最上階の窓外に吊り下がっている窓掃除人の腰から

ロープが地面まで垂れているのだ。どういう意味があるのか知らない。安全のため

とは思えないのだが。私はそのロープを掴んで思いっきり引っ張ってみる。窓掃除

人が驚いて下を見下ろす。だが私は容赦なくロープを右へ左へ振り回す。窓掃除

人は叫び声を上げながら吊り下げロープにしがみつくが、遂にバランスを失って最

上階の高さから地面に落ちてくる。スローモーション。ブチッという鈍い音と共に地に

叩きつけられる。恐らく即死だと思う。

 私は握っていたロープを離して再び歩きはじめる。横断歩道のところで信号が青に

変わるのを待っている老婆がいる。私はこっそり彼女の後ろに立って、トラックがやっ

てくるタイミングを見計らって、後ろから軽くトンと老婆の背中を押す。老婆は驚く間も

なくよろよろと道路に踏み出してしまい、やってきたトラックに巻き込まれる。

 何事もなかったように私は再び歩きはじめる。こんなこと珍しくもない。日常茶飯事

に起きていることではないか。高いところでバランスを失うのも、よろめいて事故に巻

き込まれるのも、突然心臓発作に襲われるのも。私はたまたまそこを歩いていただけ。

私が死を引き起こしてるのではない。ちょいと手を差し伸べただけ。人殺し?とんでも

ない。これは仕事だ。私の仕事なのだ。こうやって世界のバランスを保っているのだ。

私自身も以前は人間だったが、死後、偶然この仕事をすることになっただけだ。いいも

悪いもない。みんな何かの役割を背負ってこの世にいるのではないか。私は死を誘う

者としての役割を担っている、それだけのことだ。

                                  了


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