第七百九十五話 失せもの [空想譚]
きっと、家のどこかに違う次元につながるブラックホールみたいなものがあるに違いない。不思議の国のアリスが落ちた穴みたいなエアポケットがあるんだわ、 きっと。そんなおかしな妄想すら描いてしまう。何かの拍子に異次元への穴の中に私の大事なものが入ってしまう。だから、向こう側には私の宝物たちがどっさ り落ちているはず……ばっかみたい。そんなことがあるはずもない。でも、いったいどうしてモノがなくなってしまうのだろう。
ついに、さら にびっくりするようなことが起きた。我が家の愛猫シマがいなくなってしまったのだ。ウチは一戸建てではなくマンションで、猫はベランダ以外、外には出たこ とがないし、出られないのに。いったいどこに隠れてしまたのだろう。シマ、シマ、と繰り返し呼びながら愛猫を探す。だいたい猫はとんでもないところに潜り 込んでいるものだ。押し入れの中、布団の中、ベッドの下、箪笥の上。そのうちみゃぁとかいいながらとぼけた顔して縞々の姿を見せるはずなのだが。シマ、シ マ、言いながら家中を探しているうちに、部屋の真ん中で違和感を感じた。段差があるわけでもないのに、なんか足ががくりとなってつまづいたような感じ。気 がつくと、周りには何も起きていない。
隣の部屋からトラがみゃあと鳴きながら現れた。なぁんだ、どこにいたのよ。すり寄ってくるシマ。喉 をゴロゴロいわせながら足下に絡み付く。抱き上げようとしてかがむと、床の上に探していた鍵が落ちていた。あれ、こんなところに? さっきは何もなかった のに。シマを抱いてキッチンにいくと、テーブルの上に見当たらなカッラCDと文庫本が重なっている。旧に失せ物が一緒に出てくるなんて不思議。それからも 次々といろんなものが見つかった。ソファの上にジャケット、テレビの前に帽子、サイドテーブルのところにピアス、財布も、腕時計も、定期入れも、髪留め も、ずいぶん以前になくしたものがすごくわかりやすいところに置いてある。だれかがいたずらしているのかしら? 思ったけど、いま家の中には誰もいない。 家人は先週から出張しているし。
ま、いっかと思って、出かける準備をする。今日は買い物に出かける予定なのだ。シマに「お留守番しててね」と話しかけると、シマは人間みたいに首を傾げる。靴を履いて玄関扉を開くと、扉の外には何もなかった。
了