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第七百八十六話 俺じゃない俺たち [文学譚]

 大学に着くなり、哲哉が俺を見つけて近づいてきた。
「よおよお、またあの変な顔しろよ」
 言いながらスマホのカメラを向けてきた。
「勘弁しろよ。お前、ちょっとおかしいんじゃねーかよ」
「まぁ、いいじゃん。撮らせてよ。あの顔しろよ」
 俺は、まったくもうと思いながら、怒りの表情を作って哲哉のスマホを取り上げようと手を伸ばした。
「へへっ、それそれ。いただきっと」
「おめえ、変な奴」
 哲也は写メオタクだ。最近は写メではなく写ムービーっていうんだろうか、動画に凝っているようだ。スマホで撮影して動画投稿サイトMeTubeに送るのだそうだ。何が楽しいんだか。
「何がって、俺が撮った動画をよ、全世界の人間が見るんだぜ。世界配信!」
「なぁにが世界配信だ。いったいお前の動画を何人が見てるっていうんだよ。この学校の中でさえ誰も見てねぇぜ」
「やな言い方するな、お前。ところでさ、お前、ほかの奴にも撮られたか、最近?」
「ええ? いいや。俺の動画なんて撮るの、おめぇくらいだぜ」
「ふーん。だけどなぁ……ほら、ここ、見てみ」
 哲也はスマホでMeTubeのサイトを出して俺に見るようにと差し出した。そこにはどこかの若者が道端で騒いでいる様子が映し出されていた。どうやら若い男が喧嘩をしているようなのだが、そのうちのひとりにカメラが近づいていくと、そいつはものすごく怒った顔をしてカメラに手を伸ばした。
「ほら。これってお前だろ? 違うか?」
 確かにその若い男は俺にそっくりだった。そっくりというより、着ている服の趣味も、髪型も、俺そのものだった。
「ほかにもあるぜ。ほら」
 今度は海を背景に漁師の姿をした若い男が東北弁丸出して罵り合いながら殴り合っていた。その一人はやはり俺にそっくりで、最後には「よぐね、も、っととぱれぇ」かなんか言って恐い顔をしながらカメラに手を伸ばした。
 どうやって探し出すのだか哲哉は動画オタクのチカラ技で俺にそっくりな人間を映し出した動画を次から次へと手品のように俺につきつけてきた。
「これって……お前が撮ったんじゃ……ないよな……」
「あほか。俺がいつどこでお前を撮影したかってのは、お前も知ってるだろが。それに、この最後のなんか、これって日本じゃねえぜ」
 確かに最後のはエッフェル塔らしきものが背景に映し出されていた。
「お前、フランスにいつの間に行ったんだ?」
「行ってねぇ行ってねぇ。これって俺じゃねぇ」
「そんなこと言ったって、これはお前そのものじゃないかよ。この、恐ろしい形相も、最後にカメラを取り上げようとする手の伸ばし方も」
「……だよな……。いったいどういうこと?」
「日本のあちこちにどころか、フランスにまで」
「俺の偽物?」
「それって、ドッペルゲンガーよ」
 いつの間にそこにいたのか、俺の後ろからスマホを覗き込みながらホラーオタクの京子が言った。
                                       了
読んだよ!オモロー(^o^)(3)  感想(0)  トラックバック(0) 
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