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第七百七十四話 通路 [文学譚]

 昼間でも人通りの少ない裏道。夜ともなると、いよいよ人けはなくなり怖いくらいだ。その夜の通りに私はいる。それも自動販売機の陰になった小さな空間に。
 と、 誰もいないはずの細い通りで声がする。丁度私がいる自動販売機の斜め前あたりで二人の男が立ち止まって話をはじめたのだ。低い男の声なので、ぼそぼそ言うばかりで何を話しているのかまではわからないのだが。しかし、こんな時間に大の男が暗がりの中で立ち話だなんて、いったいなにを考えているのだ。暇人か? 普通、大人の男はこんなところで立ち話なんてしないだろう。小粋なバーとか、せめてどこかの居酒屋で酒でも飲みながらとかだろう。道端で立ち話なんて、 近所の主婦の井戸端会議じゃあるまいし。缶ビールでも飲んでいるのかとおもったら、そうでもない。二人の男は何かを飲むでも、タバコを数でもなく、ただた だ腕組みなんかしながら、突っ立ってぼそぼそ話しているのだ。その会話が聞こえるならつい盗み聞きしてしまうだろうが、なにを言ってるのかわからない。呪文のような低音が聞こえてくるだけ。それはなんだか洗濯槽のうなりのような、ボイラー室の炎の音のような。ぼそぼそ、ぼそぼそ。耳障り。
  私がいま出て行ったら、さぞかしびっくりすることだろう。何しろ誰もいないと思っている暗がりの中から人が現れるのだから。彼らを驚かすわけにはいかない から、出て行くこともできない。私は息を潜めて、彼らが立ち去るのを待つしかない。早く行け、言ってしまえ。だが、男たちはいつまでも話し続けている。こいつら、ホモか? もしかしてこの暗がりの中で男同士抱擁しはじめるのではないだろうか。そうも思ったが、そういう気配もない。早くどこかに行ってしま え。目障りだ。
 そうだ、耳障りもあるが、むしろ目障りなのだ。私がいる場所は完全に隠れられる場所ではない。自動販売機の陰になっているだけなのだから。男がこちらに注意を向ければ、すぐに見つかってしまうことだろう。それは困る。いまは人に見つかるわけにはいかないのだ。
  なんで私はこんなところに隠れる羽目になったのか。それは私自身にもわからない。偶然この道を通ってしまったのだ。そしてこの自販機で缶コーヒーを買おうと財布を取り出したとたんにどこからともなくこいつが現れた。私の背中から財布めがけて伸びた手を見つけるや否や、とっさに私は習いたての合気道で男の腕 をつかんで投げ飛ばした。地面に這いつくばって男はすごい顔をして反撃に出ようとしていたので、思わず蹴り上げ、何度も殴りつけた。しかし、男はすでに ぐったりしていて、見ると頭が割れていた。自販機の角かなにかにぶつけたようだ。私は慌てて男を自販機の陰に引きずっていった。その直後に自販機の前にあ の二人が現れたのだ。
 思いがけなく手をかけてしまった見知らぬ男の死体と二人で自販機の陰、暗がりの中で、私は息を潜めていつまでも男たちが去るのを待ち続けた。
                               了
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