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第七百六十九話 鋏 [文学譚]

 体の真ん中に大きな空洞ができて、冷たいものがざーっと降りていく。反動で体中の血液すべてが顔に集まる。なんでいかんのですか? なんでなんでいかんのいかんのですかですかすか。冷凍された言葉が三半規管の辺りでいつまでも反響している。時間が停止している。地球が自転を忘れたみたいに。五十センチ前でセーラー服がエプロン姿のまま目を剥いている。
「ウチの親がお金払ってるんですから。いつどう使おうが勝手じゃないですか。取り上げるのなら先生が料金払ってくれますか?」
 理解できない。大人の顔をした子供が私の手から携帯をもぎ取り、勝ち誇った運動靴で立ち去って行くのを、私は真っ白な頭で見送った。
「また君か。さっき保護者から抗議が来た。先週は生徒を罰っして怒鳴り込まれるし、いったい君は……」
「でも、あの子は実習授業を舐めているんです」
「少しは大人にならんか。伝統ある我が校で、”舐める”なんて言い草はなんだ?」
 禿げた頭に言葉が通じない。校長室はもはや尋問室だ。職員室の仲間たちは私を容疑者にした。「お前は頭が悪いから」海馬に染み付いた父の声が聞こえる。私は馬鹿か? なにか間違っているのか?
 廊下に出ると、可愛い子供たちが行儀よく挨拶をしていく。その後ろから、ひとりのモンスター子供が睨みながら「ちっ」と舌打ちをして通り過ぎた。私の右手は鞄に潜り込んで静かに断ち鋏を握り締めた。
                               了
                                    (※本エントリーは、都合により後日改稿の予定です)
読んだよ!オモロー(^o^)(5)  感想(0)  トラックバック(0) 
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