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第七百六十六話 美人の判定 [文学譚]

「あぁ、いまの人、美人だなぁ」
 通り過ぎた女性を振り返りながら秋生が言った。
「ええ? いまの?」
  僕はしっかりと見ていなかったので曖昧に答えながらも、そうかなと思った。もし、向こうからやってくる女性が美人なら、何かしらオーラみたいなものを感じ て、必ず注意を向けるものだ。だが、いまの彼女にはそういうものを感じなかったから、僕はまったく意識しなかったのだ。
  そもそも美人の定 義なんていうものは存在しない。個々人によって美を感じる要素はそれぞれ違うし、こういうのが美人でこういうのは不美人であるという定義なんてないから だ。そもそも、時代や地域によっても美人のくくりは違う。たとえば有名なのは天平美人。吉祥寺に納められている吉祥天女が 有名だけど、あの下膨れで一重まぶたの女性を美人だと思う男は、いまの世の中では少数派に違いない。どこかの国では、眉毛がつながっている女性が美人だと いうし、どこかの部族にとっては、首が長い女性や下唇が異様に広がっている女性こそが絶世の美女であると思うらしい。ことほど左様に、なにをして美人とす るかなど、決めることはできないのだ。
「へぇ、おまえ、変わってるなぁ。いまのが美人じゃなければ、どういうのが美人なんだ?」
 秋生に聞かれて僕はどう説明すればいいのか迷った。だって、僕が思う美人像を説明しても、秋生には決して理解されないのではないかと思うから。言ってみろよとしつこく言われて、僕は頭の中に理想の美人を思い浮かべながら、その特長を口に出してみた。
「そうだなぁ、まず、痩せっぽちは嫌だな。顔は……四角くって……目は一重。目と目の間は広い方がいいかな。鼻は大きめでどてっとした存在感があって、口は大きめで……」
「おいおい、それってお前の顔じゃないのか?」
「ええー? そんなことはないよ。僕はそんな美形じゃないし」
「美形……いま言ってたのが?」
「おう。そうだよ。僕が理想とする美形」
「もしかして……お前って、母親似?」
「あ……、そう言われてたかな、親戚とかに」
 僕は言われた初めて気がついた。僕が好きな美人は、母親に似た女性であるということに。
                              了
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