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第七百七十六話 仲間違い [文学譚]

 洋裁教室の実習が終わる頃、志津子が、ひょう! と奇妙な声を上げて振り返った。今出来上がったばかりの黄色いワンピースを両手に広げて見せて「どう? わたしが先にできたわよ!」と勝ち誇った様子で言った。わたしは、おっ! 早いな、思いながらほかほかのワンピースに手を伸ばした。なかなかやるじゃない、でも志津子は縫製が甘いからなぁ。どれどれ、縫い目は……? 
「どう? でもいいんじゃない?」
 いつもの志津子よりもずーっと丁寧な縫い口で、完璧に近かった。ほんと、今回は頑張ったんだな。ところが、志津子は急に青ざめた顔になったと思うと身支度をしてさっさと帰ってしまった。いつもなら、教室の帰りにはみんなでお茶をして帰るのに、どうしたんだろう。出来上がった作品を早く家族に見せたいのかな? そう思ってあまり気にはしなかった。
 洋裁教室は大手ミシンメーカーがそのショールームの一画を提供して主宰しているのだが、わたしと同じクラスに来ているのは六人ほどで少なめだ。そのうちの四人は主婦で、仕事を持っているのはわたしと志津子だけ。四人の主婦組はあまり熱心じゃないのか、欠席しがちだ。そんなわけで、OL組のわたしたちはこの一年足らずで急速に仲良しになったのだが……
 翌週、志津子は教室を休んだ。風邪でもひいたのかしら? みんなでお茶をして、帰り際になって主婦組の一人が変なことを聞いてきた。
「ねぇねぇ、あなた、志津子さんのこと嫌いなの?」
「え? どうして? そんな話があるの? みんなはどうなの? ……嫌い、じゃない……」
「ふーん、なるほどね」
 なんだかおかしな返答で返されてなんだか嫌な感じ。その夜、洋裁教室の事務局から電話が入った。
「夜分に申し訳ありません。早くお耳に入れたほうがいいかと思いまして。実はね……」
 事務局が言うには、志津子さんがクラスを変えて欲しいと行って来てるそうだ。と同時に、他の主婦からも意見が寄せられて、それなら変わるべきなのは志津子さんではなくわたしではないかと言っているという。いったいどういうことなのかと問いただすと、教室の中で揉め事が起きているという。どうやら志津子さんがわたしに腹を立てていて、他のみんなも志津子さんの肩を持っているということだった。わたしは訳がわからないまま、一週間を悶々として過ごし、翌週の教室には重い足取りで出かけていった。今回は志津子さんも来ていて、みんなで取り囲まれてしまった。
「だってあんまりじゃない。志津子さんが作り上げた作品を見て、”どうでもいいんじゃない”だなんて。わたしだって怒りますよ、そんなの」
「それに、ほら、わたし、間にたってあげようと思って聞いたのよ。志津子さんのこと嫌いなの? って。そしたらさ、この人”みんなも嫌いじゃない”だって。ちょっとひどいと思わない?」
 わたし、そんなこと言った覚えないよ。言ってももはや誰も信じてくれない。いや、確かにそう言ったわ。うんうん、わたしも聞いた。あなた自分で言ったじゃない。そうよそうよ。わたしは訳がわからない。わからないが、皆からそう責め立てられているうちに、だんだんそうなのかなと思いはじめていた。自分ではそんなことを言ったはずはないと思いつつも、しかし、もしかしたら忘れているだけで、そう言ったのかもしれない。自分が自分ではないような奇妙な感覚に囚われながら、わたしはそのまま事務局の扉を開けて、辞意を伝えた。
                                     了
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