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第七百七十九話 剪定 [文学譚]

 窓際に置いた観葉植物がどんどん育っていて、いよいよこんもりとした森のようになっている。森のようにというのも大げさだが、見た目の印象がそう思わせるのだ。植物のことはよく知らないが、この八手のような葉を広げている植物は、どこか南方の地、たしかメキシコあたりが原産地だったと思う。冬場なのに枯れることもなく元気に育っているのは、そもそも強い植物だということなのか、部屋の中が7暖かく保たれているからなのか、いずれにしても毎日水やりを欠かさないという僕たち夫婦の愛情のおかげだと思いたい。
 それにしても葉が茂りすぎて、これではいかにも見た目に暑苦しい。以前、雑誌か何かで植物の剪定という話を読んだことがある。あまりにも葉が多すぎると、理由は忘れたが、植物にとってもあまりよくないので切ってしまう方がいいという話だった。この先手という方法がどんな植物にも当てはまるのかどうかは知らない。もちろん、切りすぎたりしたら良くないことくらいは想像がつく。でも、人間だって髪の毛がぼうぼう過ぎると不衛生だし見た目にも暑苦しいから散髪するように、植物だってぜひそうするべきだと思った。なにしろこれは観葉植物なのだから、見た目に楽しめないような者は死んだも同然だ。
 僕は引き出しから万能鋏みを取り出してきて、植物の散髪に取り掛かった。専門的な知識は何もないけれども、だいたい見ていればわかる。葉が重なり合うようになっているところや、古びてしまっている葉などを注意深く選んでは切った。こんもりとした森は徐々に間引かれていき、軽やかな表情に変わっていく。これから春に向けて、爽やかに生きていくのにふさわしいビジュアルが出来上がっていく。
 そろそろこんなものかな、と鋏みを片手に出来上がりを眺めていると、どこからか声がした。
「ふぅ、さっぱりした。あんな葉深い姿は今どきじゃないなぁと思っていたところなんだ。スッキリさせてくれてありがとう」
 え? 誰? 妻が後ろにいるのかと思ったがそうではない。声はどうやら木の幹あたりから聞こえてくるのだった。そうか、この木は喜んでくれているのだな。僕は別段驚きもせずにそう思った。木だって人間だっておんなじなんだな。こういうのを身だしなみっていうのかな。
 気がつくと、妻がそばに立っていた。手鏡と毛抜きを両手に持って。
「ねぇ、マーくん、私の眉ってどうしてこんなに濃いのかしら。抜いても抜いてもまた生えてきて……」
「なんだ、そんなのいいじゃない。君はその太くて濃い眉が似合ってるよ」
「でもぉ、こんなの今どきじゃないでしょ? わたし、薄い眉毛に憧れるもん」
「まぁ、憧れるのは勝手だけど、そんな無駄な作業はやめといたら?」
「マーくん、いま木の葉っぱは少なくしたのに、わたしのはどうでもいいの?」
「……」
「ねぇ、もし私が病気にでもなって自分で眉を抜けなくなったらどうしよう。眉ぼうぼうなんてはずかしい」
「眉を抜けなくなる病気?」
「うん。なにかそんな病気。その時はマーくんがしてね。お願い」
「……いや。断る」
 僕の頭の中では、女房の眉を万能バサミでカットしている自分が描かれていたのだが。
                                       了
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