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第七百八十八話 自縛テロ [脳内譚]

「おい、いいか、あいつらのせいで俺たちはこんなことになっているんだ。わかってるか?」
 妙な良心が働いて躊躇している俺に業を煮やしたリーダーが言った。
「もちろん、わかってるつもりだけれど」
「つもりだが、なんだ?」
 こんなことをして何になるのかと言いたかったが、いまここでそんな議論をしても何もいいことはないと思いとどまった。
「いえ、すみません。考え違いしてました」
「わかってくれるのなら、それでいい。いまここでみんなの気持ちが薔薇払いなっては困るのだ」
 表面上は納得したような顔をして、俺は皆のいちばん後ろについた。リーダーの号令で皆それぞれの持ち場について、俺たちの聖域を荒らしにやってきた人間どもをそれぞれのやり方で吹っ飛ばし、奴らは幸いにして命までは失わなかったものの、這々の体で逃げていった。
「ふふっ。非力な奴らだ。俺たちの手にかかったらあんな奴ら……」
  サブリーダーが言うと、皆も奇声を上げて勝利を喜んだ。そうだ、ここは俺たちサンクチュアリ、聖域なのだ。それなのに奴らは土足で上がり込んでくる。何度 痛い目にあわせても、次には新手の人間を送り込んでくるのだ。もういい加減にすればいいのに。そのうち命を失うことにもなりかねないのに。
  もう忘れてしまっていたが、俺だって最初は向こうの側にいたはずだった。いや、少し違うな。あいつらのように土足で聖域を踏みにじるようなことはなかった はずだ。おれは実態調査のためにここに来た。調査部隊の一員だった。いまとなってはそんなことも忘れてしまっていた。あまりにも長い年月が過ぎ去ってし まったので、おれはもう最初からここにいて、ここの者どもと同じ仲間のように思い込んでしまっていた。だが、聖域を荒らしに来る連中を痛めつける度に、な んらかの違和感を感じている自分に気がついて、こんなテロリストみたいなことに手を出すのを憚るようになっていたのだ。何故だろうと自問自答しているうち に、大昔の自分の姿を思い出した。あのとき、ここにやってきた俺は、 あまりにも深みに入り込みすぎて、ここの連中に共感してしまった。ここれテロを行い続ける者にも、ちゃんとそれなりの理由があるのだ。相手には理解できな いような悲しい歴史があるのだ。つまり、立場の違いというやつだ。向こうから見れば忌まわしい敵かもしれないが、こちらから見れば向こうこそが忌まわしい 敵なのだ。そんなことを思ってしまった俺は、いとも簡単にこちらの世界に取り込まれてしまった。以来、俺はこちらの世界に住みつくようになり、もはや向こ うには帰れなくなってしまった。どうせ向こうにもなんの未練もない境遇だったから、どちらでもいいと、あのとき思った。
 テロなんて言葉、最近流行っているからついそう呼んでしまったが、実際にはそうではない。そうではないが、己の聖域を守る聖戦という意味では非常に似通っているような気もするのだ。
  奴らはまた新たな人間を送り込んでくるだろう。しかしそれは、俺がそうだったような良識による者ではない。単に好奇心や不埒な遊び心でやってくるだけだ。 彼らに思想はない。相手を思いやる心もない。なぜここに来るのかという学識もない。何もない。そんな奴らが冷やかし半分でやって来ることには腹が立つし、 追い払ってやろうと思う。
 なぜ奴らは、どうしてこちらの安らかな気持ちを揺さぶろうとするのか。死者への畏敬の念を持つという発想がなぜないのか。向こう側の人間と、こちら側の立場、両方を知っている俺の心はそうやって常に揺れ動いているのだ。自分が地縛霊になってしまっていうことを忘れて。
                                了
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