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第七百七十七話 ラッキーセブン [文学譚]

 朝から青空が広がっていて気持ちがいい。先週の啓蟄以来、随分と暖かくなってきたという体感があって、ほんとうは行きたくない仕事なのに、なんとなくスキップをしてしまいそうな軽やかさで家を出た。無くて七癖というが、とりたてて癖がないと思っている僕は、こんなときほんとうにスキップしてしまう癖があるようだ。
 いつものバス停で待っている間も、共に並んで待っているOLや老人に、つい微笑みかけてしまうという気分の良さ。なんだこれは。普段の僕はそれほどフレンドリーではないのに。天気の良さがそうさせるのかなと思っていたら、しゅうという特有のブレーキ音がしてバスが停った。家は山手にあるので、バスは割合い急な坂を下っていく。バスが曲がるたびにすべての乗客が右へ左へと傾き、窓外の風景がダイナミックに変わっていく。このあたりでは有名な七曲だ。これを越えるとようやく平野部に入り、都会らしいビルが見えてくる。乗り物に弱い僕としては、二日酔いだったりしたものなら、バスの揺れに酔ってしまってすでにぐったりとなっているのだが、今日は不思議なくらい気分が良いままだ。
 バスを降りると、目の間にあるビルの中に会社はある。田舎町のことであるから、電車に乗り継いでさらに都心へ向かわなければならないというようなことがないのがありがたい。エレベーターで七階に上がる。小さなビルだからうちはワンフロアを占有してちょうどいいくらいだ。もともと僕は父親が営む醸造会社で働いていたのだが、親の七光りだなんだと言われるのが嫌で、いずれやめてやろうと思っていた。ところが、いまから七年前に父親が亡くなったのをきっかけに父の会社を人手に渡し、譲渡金を元手にあらかじめ準備を進めていた物販サービスの会社を立ち上げたのだ。インターネットを介してモノを売るという、今となっては大きな販売手法となっているeコマースの先駆けで、店舗も不要であり最初はたったひとりでウェブサイトを立ち上げた。徐々に売上を伸ばし、いまようやく七人の従業員を擁する程になったのだ。つまり僕は経営者なのだが、経営者といっても零細企業であるから、従業員もろとも七転八倒の毎日である。
「社長、今回の業務提携先として七番目に名乗りを上げているG社の経営者が来社されました」専務が報告にやってきた。
「そうか……七番目か……ここに通してください」
 七番目という言葉を聞いて、ラッキーセブンというイメージを膨らませながらおそらくやり手経営者に違いない男の来室を待った。ところが専務が案内してきたのは若い女性経営者だった。上質な黒いスリムなスーツを着こなし、長い黒髪に黒い今風の中折れ帽がアクセントを添えている。手強い。そんな印象を持った。
「ナナセ貿易の七瀬双多美と申します」
 女経営者はとびきりの笑顔を見せながら名刺を差し出した。想像していた厳つい男ではなかったが、この人はやはりラッキーセブンをもたらす人物に違いない、直感的にそう思った。
「七瀬は、表向きは貿易業を主体としていますが、実際にはもっと深いところで情報のやり取りなどもしていますのよ」
 世間話をすっ飛ばして、女はいきなり本題に入った。僕は受身の準備もないまま、いきなり道場に引きずり込まれたような気分で女の話に耳を傾けた。
「たとえば……そう、あなたの知らないこととか」
「わ、わたしの知らないこと?」
「そうよ。あなたは今日、とても気分がよろしいのでは?」
「ど、どうしてそれを?」
「知っているの。それが情報というもの」
「情報……ですか」
「あなたは私があなたにとってのラッキーセブンであることを望んでいる。つまり、幸運をもたらすと」
「実は……その通りです。会社を立ち上げて七年目のいまこそ、我社は次のステップに向かうためのパートナーを求めているのです」
「わかるわ。私も同じ。あなたの会社にはパワーを感じています。でも、その前にひとつ、お知らせしなければならないことが」
「知らせ? それはいったい」
「うふふ。それは……まさしく私がラッキーセブンをもたらすに違いないという……そもそもあなたが今朝から気分がいい理由も、私がここに来た理由も、なにより、今日のこの話がなぜこんな展開なのかという……
「なんだって? どういうことだ?」
「そう、今日がラッキーセブンでなければならないということよ」
「今日が?」
「私たちがいまこうしてお話しているのは、すべて、今日がラッキーセブンであるための仕掛け。そう、この話が777番目の話であるということを伝えるためなのよ」
「なんだって? じゃぁ、僕たちは?」
「そう、その通りよ。私たちは、777番目の登場人物だっていうことね」
 僕は……絶句し、読み手とともに苦笑した。
                              了
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