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第七百八十二話 一人立ち [文学譚]

  毎朝、食後にはお散歩に出かけるのが習慣だ。時刻は決まって七時だ、と言いたいが、実は時計を見る習慣は なく、とにかくだいたい同じような時刻なのだと思う。お散歩のコースもおおむね決まってはいるけれども、その日の気分で違う道を歩く。以前はお父さんかお 母さんと一緒だったけれど、いまは一人歩きだ。
  あの頃、お父さんが僕を一人で歩かせたらどうだと言ったけれど、お母さんが猛反対した。車 の行き来も多いこんな町中で、大広を一人で歩かせるなんてとんでもない、そう言って怒った。僕は二人のやりとりを黙って聞いていたが、内心では一人でも大 丈夫なのに、と思っていた。その証拠にいまはこうやって一人でお散歩できているわけだし。
  昔と違って、このあたりは寂れてしまって、車は おろか人通りもなくなった。ずーっと先まで歩いてようやく人の姿がまばらに現れ、さらにいくとお店も開いている。以前、お父さんと何度も遠出したときに買 い物をしたお店のご主人は、僕のことを覚えていてくれた。コロッケがおいしいお肉屋さんでも、自家製で焼きたてが評判のパン屋さんでも、僕の姿を見つける と「おやまぁ、一人でお遣いかい? 賢いねぇ」と言って余ったお肉やパンの耳を持たせてくれるのがありがたい。もちろん、そういうつもりで顔を出したのだ けど、お父さんはこのために僕を連れてきてくれていたのかなと思い出してしまう。
  おかげさまで帰り道は持ってきた袋にたくさんのお土産を 提げているので少し重たい。でもこれのおかげで生きていける。お父さんもお母さんも、あの日突然いなくなってしまって、ひとりぼっちにされてしまった。最 初は寂しくてしかたなかったけれども、いつしか寂しさよりも生きていかなきゃという気持ちが強くなった。頑張らなきゃ。それにしてもお父さんもお母さん も、どこに言ってしまったのかな? それにこのあたりの人たちも。前から野良だった友達は、やっと自由になれて良かったじゃんって言うけれど、僕はやっぱ りお父さんやお母さんと一緒にいるのが好きだったな。近頃ではあのリードで引っ張られる感じが懐かしくって仕方がないよ。やっぱり寂しいな。
                              了
読んだよ!オモロー(^o^)(2)  感想(0)  トラックバック(0) 
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