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第八百八十話 虫 [文学譚]

 梅雨入りが宣言されたというのに雨が降ったのは宣言の翌日だけでその後は晴天が続いている。それどころかまるで真夏のような気温で、テレビの天気予報でも、今日は真夏並みの暑さが続くので、熱中症に気をつけるようにとアナウンスされている。

 そろそろ外に出なければならない時刻になっても気だるくて動く気になれない。まだ朝のうちだからいいようなものの、きっとすぐに気温がもっと上がって通りになどいられなくなるだろうなと窓外からの明る過ぎる光が暗示している。

 ぶーん。

 室内を飛ぶ小さな虫の羽音など普通なら気にもとめられないのだろうが、次第に蒸し暑くなってくる室温は、人の気持ちを荒げるのだろうか、いったいなにが飛んでいるのか、暑苦しい虫の奴めと苛立ちはじめるのがわかる。羽音など上げなければみつかりさえしなかったのに、あいにく好むと好まざるにかかわらず、羽を持った虫が移動すれば羽音が生まれてしまうのだ。じっとしておけばいい。どこかに潜んで動かずに。しかし虫にしてみても室温の上昇や蒸し暑さはこたえるのでなんとか外にでてもっと涼しい場所を探したいと思うから、つい飛び上がって出口を探そうとしてしまう。するとまた羽音がして人間を苛立たせる。

 テレビでも点いていれば羽音など雑音に紛れてしまうのに、出かけるためにテレビのスイッチが切られてしまっているから、室内は静まり返って、時計の針の音さえも静けさの中に響き渡る。窓外から聞こえてくる遠くの車の音さえ室内で反響している。そこにもってきて虫の羽音だ。いらいらが募るのもわかるだろう。それでも虫は出口を探さざるを得ない。

 ぶーん、ぶん。

 テーブルの白い天板の上で休憩する。こんなところに止まらなければいいのに、なぜか虫という生き物は、明りだとか白いモノに吸いつけられてしまうのだ。そこに出口があると勘違いしてしまうからかもしれない。いずれにしても人間が座っているテーブルの白い天板の上など厭ほど目立ってしまう。だって小虫の体は黒いのだから。人間は苛立ちの原因がここにいると気がついて、風を起さないようにしながら腕を伸ばす。

 静かに静かに。大きな人差し指が近付いてきて……プチ。

 気を緩めていた私は体液のほとんどを噴き出しながら潰れた。

                                   了


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