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第八百七十二話 告白の距離 [文学譚]

第八百七十二話 告白の距離


孝介の横顔が見える。数センチで肩が触れ合う距離なのに、カウンター席の端と端に座っているような気がする。孝介に促されるままに横並びで座ってしまったことを杏子は後悔した。いつもなら内緒話を盛り上げてくれる距離感なのに。あの話をするためには、正面に座った方がよかったみたい。小さく息を吐き出してから目の前のワイングラスに手を伸ばした。喉のあたりに何かがつかえているみたいで、赤い液体を口に流し込むことができない。唇を少し濡らしただけで丸いグラスを手で弄んだ。横目で康介を伺うと、彼もふたりの間に停滞している冷気を感じているのかカウンターの中で働いているマスターに話しかけて硬質な空気を凌いでいる。康介と知り合ったのは三ヶ月ほど前。なんとなく気持ちが合って毎週のように逢うようになった。適齢期の男女にありがちな話だけれども、結婚を前提としたお付き合いはまだ早い気がしてお互いになんとなく避けているのがわかっていた。それでも杏子はあのことをそろそろ話しておかなければならないなと考えはじめていたところだった。より深い関係を続けるためには避けては通れない。杏子が誰にも言えないまま胸の奥にしまい続けている過去。それを言うと関係は終わりになるかもしれない。でも……杏子は康介の横顔を盗み見ながら息を吸い込み、軽く咳払いをしてから渇いた声を吐き出した。「あのね」「あのさ」ほぼ同時に康介も同じ言葉を発した。                           

                                        了


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