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第八百六十四話 食肉疑惑 [文学譚]

 久しぶりに出張で海外にやって来たのだが、昨今の国際情勢を見ていると何かと不安なことがいっぱいだ。とりわけ今回はとあるアジアの国で、ここでは反日問題もさることながら、食べ物に関してとても心配なのだ。以前、挽肉の中にダンボール紙が混入していたということがあったのだが、直近でも食肉詐称をした業者が摘発されたというニュースが流れたという国なのだ。何はともあれ、眠ることと食べることだけは安心して臨みたいのだが……。

 到着したその日、現地コーディネーターのクワンに連れて行かれた食堂は、彼がよく使うという清潔で明るい店だった。クワンにはあらかじめ食肉疑惑の話を振っておいたので、まさかそのような店に連れてくるとは思えないが、クワン自身が妙な口ひげを伸ばした怪し気な人物であるのだから、どこまで信用していいものやら。

 牛肉が食べたいというリクエストによって最初に運ばれてきたのは、どう見ても牛肉には見えない代物だった。ステーキか焼肉のようなものを想像していたのだが、深皿に入っているのは、何か黒々とした塊を煮つけたもののようだった。クワンが美味いよと薦めるので、こわごわ口に入れてみるとゴムのように固い。固くて噛み切れない上になんともケミカルな味なのだ。

「な、なんですかこれは。ほんとうに牛肉なのですか?」

「もちろん、これ、牛の肉ね。美味いでしょ?」

 現地人は日本語が上手だが妙な訛りがあるのが特長だ。

「とても美味いとはいえないな。これはモツか何かなのですか?」

「モツ? ああ、内臓ね。違う違う。これは本体」

「本体? いったいどんな牛なんだ?」

「ええーっと。漢字で書くと……そう、海の牛。海牛と書くんだね」

「海牛? 海牛……それってウミウシじゃぁないか」

「そうそう、そう呼ぶね。あなたの国の昭和天皇も食されたことがあるっていう珍味ね」

「おいおい、それって、牛じゃねえぞ」

 私は箸を置いて次の料理を待った。ふた皿目もすぐに運ばれてきた。またしても牛肉には見えない。皿の上にフランス料理のような塩梅でソースがかけられているのは鮑か何か、そのようなものに見えた。こわごわ口に入れてみると不味くはないが、これは……。

「これは貝じゃないのか?」

「貝、そうとも言うのかな。これはカタツムリですね」

「ちょっとぉ、私は牛肉って言ったんだけど」

「これ、牛ですよ。ほら、こう書くでしょ?」

 クワンは懐から取り出したボールペンでペーパーナプキンに”蝸牛”と書いた。

「あのさ、もういいから、詐称じゃないものを頼んでくれるかな?」

「詐称? この店は何も詐称していないね。海牛も、蝸牛も、牛って書いてあるあるね」

「わかったわかった。わかったから牛以外の、豚とか……」

「へへ、豚ね、あるあるよ」

「ちょ、ちょっと待った。どうせまた海豚とか河豚とかが出てくるんでしょ? そんなのもういいわ。肉じゃないのを頼んでもらえますか?」

「へへ、わかりやした」

 クワンは厨房に行って新たな注文をして戻ってきた。

「今度はダイジョブ。間違いないね」

 運ばれてきたのはハンバーグらしき料理。なんでアジアの店でハンバーグなんだと思いながらナイフを入れる。固い。切れない。それになんだかばさばさしている。

「おいおい、これ、なんか固い毛みたいのが生えてるぞ? ウニか?」

「ウニ? あっはっは。面白いこというね。違うよ、それはタワシ」

「タワシ? そ、そんなものが食えるか?」

 不機嫌になった私をなだめるようにクワンが言う。

「これ、この店の名物よ。ほかでは食べれませんよ。そ、そんな怒んないでくださいあるよ」

「詐称はダメだっていったでしょう」

「詐称なんてしてないよ、この店は。これはタワシハンバーグって言うよ。次はダンボール焼きが来るよ」

「ダ、ダンボール焼き? いらないよ、そんなもの」

「気にいらないか? じゃぁ、赤土はどう? 白壁っていうのも名物ね。そうそう泥沼もあるよ、あ、肉がいい? 猿とか犬とか……」

 私はしゃべり続けるクワンを残して店を出た。

                                   了


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