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第八百七十一話 修羅場ばーん [文学譚]

たぶんあいつは感づいている。いや、仮にそうではないとしても、もうこれ以上耐えられない。話してしまいたい。でももし話したら、離婚とか言い出すかな。でも、子供のこと、家のローン、お金の問題は大きいな。

 丸出素直が頭の中をぱんぱんにしながら玄関扉を開けると目の前に腕組みをした妻がいた。「た、ただいま」少しの沈黙。

「あなた。なにか隠してるでしょ」

 な、なんだよいきなり。声が少し震えてしまう。

「昨夜はどこにいたのよ」

 なに言ってる。昨日は出張だったって。

「嘘」

 なんで嘘なんか。

「本当のことを言って、怒らないから」

 本当のことなど急に言えるわけがない。だから出張だって。

「浮気してるでしょ」

 なんだって? なにを根拠に? いや、女の勘ってやつだ。怒らないって言うし、この際

本当のことを……いやいや……。

「本当に怒らない?」

「な、なによ。やっぱり浮気してるのね?」

 浮気なんてしてないって。

「じゃ、なによ」

 浮気がバレてしまったら、絶対に嘘を通すべきだと世間では言われている。女は必ずしも真実を知りたいわけではないらしい。だが僕は嘘がつけない種類の人間だ。どうしよう、この際、この際話してしまいたい。

 この上もなく醜く恐ろしい形相になった妻を見る。

「あのさ、実は昨日は出張じゃない」

「ほーらやっぱり」

 ほーらやっぱりを繰り返しながら妻が荷造りをはじめた。

「ち、違う。浮気じゃなくって」

 もう妻は聞く耳を持たない。

「出てって」

 妻は僕に荷物を渡して玄関から突き出した。

「違うんだ」

 文学なんだ。内緒で小説書いてるんだ。恥ずかしすぎて言えなかったが。昨日は小説学校の合宿だったんだよ、本当だ。もう妻に言葉は届かない。

                        了


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