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第八百七十九話 to know each other [文学譚]

「人と人はわかり合うことができないって……本当かなぁ」

 さっきまで夕陽の照り返しが眩しかった海面はすでに真っ黒に変化しており、空にはいくつもの小さな灯が瞬いている。二人はコンクリートの堤防に腰掛け、両手を後ろについて顔を上げて夜空をぼんやり眺めている。

「なによ、いきなり。そんなこと常識だよ。だから人は文学を求めるのよ」

「ブンガク?」

「そうよ、文学」

「へぇえ。そうなんだ。わかり合えない人の文学」

「うーん、そういう限定の仕方じゃないと思うけど」

「じゃぁ、どういう? それになぜわかり合えないとブンガクを求めるの?」

「ごめん、よくわかんない。大学のときの仏文の教授がそう言ってた」

「フツブン……ブンガク……」

「受け売りだったわ、意味もわからないのに」

「でも、僕たちは……わかり合えているよね? 違う?」

「うーん、どうなんだろう。わかり合えているかしら」

「いるよ! 多分」

 個体ごとに違う意識が宿っている限り、相手の個体が持つ意識を完全に理解することなど不可能だ。理解出来るなんて幻想であって、ただわかりたいと思うあまりに、自分でわかったつもりになるだけ。夢子は以前雑誌で読んだことのある哲学者の記事を思い出していた。

「わかろうと努力することが大事なんだと思うよ、たぶん」

「努力すれば、必ずわかり合えると思うんだけどなぁ、僕は。だってほら、犬と人間でさえお互いに理解し合っているようなお話だってあるんだろ?」

「だから、そういうのは物語の中の話なのよ。それが文学なんだってば」

「じゃぁ、どうすればいいんだろう。人間同士でさえそういうのだったら、違う生き物同士が理解しあえるわけがないじゃない?」

「そうね、言葉を使っても通じ合えないのに、言葉が通じない相手じゃね」

「そうか、言葉があれば通じ合える?」

「だから、それでさえ無理なんだって」

「そうか、やっぱり、困るなぁ。わかり合えないなら、共存するのは無理?」

「だから世の中のには戦争や闘争が絶えないのだわ」

「人間って……困ったねぇ……」

 紫色の皮膚を持ち、毛のない全身を不思議な衣服で包んだ奇妙な生き物が、夢子の隣に座って三つの瞳で空を眺めていたのだが、頭のてっぺんにある穴から、ふぅーっとため息をつきながら夢子に虚しく笑いかけた。

                                    了


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