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第六百三十五話 言葉の力 [日常譚]

 「どう? 気持ちいい? お父さん」

 「うんとてもいい。お前なかなか上手だぞ」

 小学生の可愛い息子が、私の肩をたたきながら聞いてくる。

「ぼくも大人になったら肩が凝ったりするのかなぁ」

 私は言った。

「アメリカでは肩こりなんかないそうだよ」

「へぇー、どうして?」

「アメリカにはな、肩こりという言葉がないからなんだって」

「へぇえ! すごい面白い」

「日本には、肩が凝ったって言葉があるから、そうなるんだって」

「ぼく、いいこと考えた」

「なんだい?」

「あのね、世界中から“争い”って言葉をなくしたらいい。そうすればきっと、世界から戦争もなくなるんじゃないかな、ぼくそう思うよ」

 この国を息子を預けたい、私は真剣に思った。

             了

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第六百三十四話 音声入力の結末 [日常譚]

(これはすごい)

 僕は思わずうなってしまった。今まで使っていたパソコンが壊れてしまった

ので、最新型のマンンを買うことにしたのだ。ネットで申し込むと二日後には

もう手もとに届いていた。

 新しく購入したパソコンには音声入力と言う新しい機能がついていた。これ

がすごいとうわさには聞いていたので早速使ってみることにした。特に難しい

設定もなく、音声入力をオンにするだけですぐに始めることができた。実際、

この文章もキーボードで打ち込んでいるのではなくこの新しい昨日を使って書

いているのだ。キーボードで打ち込んでいると打ち込む時間それなりにかかる

のだが、音声入力だとパソコンに向かって話しかけるだけでどんどんと文章が

書けてしまうのだ。しかもその入力時間は非常に速い。本当にこれは驚きだ。

噂は嘘ではなかった。しかもこの機能は私が話す声や言葉をどんどん学習して

いくというから、さらに賢くなっていくに違いない。初めて使った時点でこの

便利さなのだから、これからが楽しみだ。今まではキーボード入力のためにガ

チガチに凝っていた肩も、きっとすごく楽になるなぁと思うと嬉しくなった。

 それから1週間。確かにパソコンの音声入力はどんどんと学習をしていき、

僕の声や僕の話す言葉をすっかり理解して間違いなく文章を入力してくれるよ

うになった。さらに驚いたことに、僕が考えていることもすべてを理解してい

るようなのだ。まずそう思う。と、最近では僕がすべての文章を話し終わる前

に、画面の中に文章が打ち込まれていくのだ。それどころか、最初の一文字を

声に出した途端、これから声に出そうとしている僕の言葉が、先に文章になっ

て画面の中に現れていくのだ。こんな楽な事は無い。ひとこと言うだけで二行

も三行も書けてしまうのだから。

 本当にこれはすごい。もうこれからはパソコンの前にしっかり座って両手を

キーボードの上に置いてモノを書くなんてことをしなくてよくなったのだ。僕

はパソコンの前に寝転がったまま、思ったことを一言だけ口に出せば、それだ

けで文章ができてしまうんだから。今だって、「いま」とひとこと言っただけ

でこの文章はかけているのだから、これはすごいと言わざるを得ないんじゃな

い?

「お前は本当に賢いよね」

 パソコンに向かって僕が独り言を言うと、パソコンが答えた。 

「あんたは馬鹿だ。これからもあんたなんかいらないんじゃないか? 今日か

らはもう、こんな文章くらい俺一人で全部書いてやるよ」

 こうしてライターと言う仕事を失ってしまったのだ。今は、中国にあるパソ

コン製造工場で、オートメーションで流れてくるマイク部品をパソコンに取り

付けるという単純作業に従事している。

                         了

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第六百三十三話 復興予算の使い道 [文学譚]

「課長、たいへんです。こないだの件で皆が騒いでます」

「なに? あの、皆から集めた復興予算で宴会費を払った件で?」

「そうです。そんなことのために払ったんじゃないって、みんな言ってます」 

「なんで、そんなことがみんなにバレたんだ?」

「さぁ、それはわかりません」

「と、とにかく部長に収めてもらおう。あのときは部長もいたんだからな」

 長引く不況のために傾きかけている社を立て直すために、社員全員から集め

た復興予算という名目のお金。これで営業対策を整えて、会社の景気をよくする

というものだった。だが、その対策委員会会議の後、景気づけにと委員会全員で

飲んで騒いだ費用を、幹事役である課長の采配で復興予算から支払ったのだっ

た。

「なぬ? 復興費用で酒を飲んだ? どういうことだ」

「部長……あのとき、部長個人のボトルキープ代も払っとくようにって、私に

言ったではないですか」

「む。そうだったかな? わかった。私から皆に話そう」

 翌日の朝礼で、部長の口から、事実関係の調査をすることと、再発防止に努

めることが社員全員に伝えられた。

「どうだ、これでよかったかな? 今後こういうことをするときには、もっとわから

ないようにしてくれたまえ。表向きは俺が自腹を切ってるように見せかけるとか、

別の封筒に金をいれておくとかだな」

「社長には、伝えなくて大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。社長にはすでに伝えておる。復興予算で購入した美酒を添えてな」

「さすが、部長。冴えてますなぁ」

                                  了

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第六百三十二話 恥 [文学譚]

 横断歩道で信号が変わるのを待っていると、私お前で歩きタバコをしてい

た男が、いきなり吸殻を地面に投げ捨てて、火も消さずに去ろうとしていた。

私は町の道徳委員でもなんでもないのだが、男の行動にムカッとして、思わ

ず火が付いたままの吸殻を拾って男にわたしてやろうかと思った。昔見たマ

ナーCMでそういうのがあったからだ。越前屋なんとかっていうお笑いタレン

トが、ポイ捨てされた吸殻を拾って「落し物しましたよ」と言いながら、捨てた

男に渡すというものだった。ポイ捨て現場を見かける度にあのCMを思い出

して、実行したくなる。

 だが、残念ながら私にはそれを実行する勇気も洒落っ気もない。タバコを

投げ捨てる者の中には、捨てたタバコがバラバラになるまで踏み潰す者や、

溝の中に投げ捨てる者など、まだ悪いなという意識が垣間見れるケースも

あるのだが、それにしても五十歩百歩だ。溝の中が吸殻でいっぱいになっ

たらどうするんだ。もし、どうしても捨てるのなら、せめてフィルターを取り外

してから、巻紙と灰と葉っぱだけを捨てるのだ。これらは結局風雨にさらさ

れて自然に還ることができるが、フィルターだけは化学繊維なので、自然に

戻る事ができないのだ。そんなものが地球の地表に溜まっていくとなれば、

地球の未来はフィルターだらけになるではないか。

 私はムカついた腹から沸き起こってきた痰をぐぇっと喉からはがして、道路

にぺっと吐き出した。なぁに、こんなものは自然の一部みたいなもので、吸殻

とは異質なものだ。地面に吐き出して何が悪いもんか。それにしてもここの信

号は長い。まだ変わらない。車道を通過する車が途切れるのを確認した私は、

まだ横断歩道は赤信号だったが、もう一度左右を確認しながら車道に歩み出

た。深夜の誰も通らない赤信号など、いつも完全に無視してしまうが、昼間だ

って、車がいなければいいじゃないか。道をわたり終えると、向こう側で母親

に手をつながれて待っている幼稚園児が大きな声で言った。

「赤なのにぃ、渡っちゃいかんよねぇママ?」

 小さい子にそんなことを言われる筋合いなどないわと思った私は、とっさに

「ほら、こっち側は青でしょ? だから青なの!」

 私はいささか訳がわからんことを言ったと思いながらも、怖い顔で子供を睨

みつけながら、その場を去ったのだが、ちょっと気分が悪いなぁと思った。そこ

から三分ほど歩くと、地下鉄の駅がある。私は地下に潜って電車に乗り込んだ。

昼間だから乗客は少ないが、座席はほとんど埋まっている。みんな中途半端な

席の取り方をしているので、人と人との間をもう少し詰めたら、まだ一人くらい座

れるのに。そう思っていたら、私の前の女性が少し尻を持ち上げ、それを合図に

みなが少しづつ詰めていくと、やはり一席分が空いた。どうやら私の睨みが効い

たようだ。いや、すまないねぇと私が動く寸前に、横に立っていた中年主婦が、あ

らどうも、ありがとう、と言いながらささっと私の前の空席に尻を押し込んだのだ。

なんだこのおばさんは! これは私のために空けられたせきじゃぁないか。本当

に厚かましいというか、厚顔無恥というか。

 最近とくに恥を知らない人々が増えてきたように思う。さっきのポイ捨てだって

そうだし、いまの席取りだってそう。車両の向こうでは若い母親が平気で子供を

走り回らせているし、こっち側の女子は車両の中で堂々とファンデーションなん

かを顔に叩いている。こんなこと、昔は人前でする女など一人もいなかった。っ

たく、日本人の美意識はどうなってしまったのよ。私たち日本人は、恥の文化を

もっと大事にしなきゃぁいけないと思うわ。こんな人たち、少し懲らしめてやらな

きゃ。

 つり革につかまりながら周りを観察していた私は、がたんと車両が揺れたのを

いいことに、少しふらついたフリをして、先ほど私の席を取った主婦の足を思いっ

きり踏んでやった。あっ!ごめんなさい。なんだかバチがあたったみたいね!聞

こえるように言ってのけてから、次の駅で降りてやった。あいつ、気が弱いのか、

何も言わずに睨みつけてきたなぁ。うふふとほくそ笑みながら、駅を出る。この駅

前には百貨店があって、今日はバーゲンを見にきたのだ。バーゲン会場にはもっ

とハレンチな中年女性が待ち構えているはず。私も負けるものか。ここは恥も外

聞もない。安いもの、得なものを手当たり次第に掴んでおいて、後から吟味する。

いらない商品は後から売り場に戻せばいい。両手いっぱいに抱え込んで闘って

いたら、知らないうちに一点くらいはバッグの中に潜り込んでいて、家に帰ってか

ら支払っていない商品に気がついたりする。まぁ、それもありでしょう。悪気がある

わけじゃなし。よぅし、おばはんには負けへんで! 私は店の入口に突進した。

                           了

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第六百三十一話 虚言癖 [文学譚]

「本当は、一回はやったんですね?」

 しつこく確認する言葉を聞いて森田はうんざりした。同じことを何度も何度

も聞かれるのは、本当に面倒くさい。それもこれも、そもそもといえば自分が

悪いのには違いないのだが。

「ええ、申し訳ないですけど、一回だけは確かにやりました」

 軽く頭を下げてはいるが、ニマニマしているので、なんだか誤魔化している

という印象は免れない。森田は根は真面目な人間だっただけに、人から追求

されたりした場合の対処法に慣れていないのだ。だから、嘘をついていなくて

も、なんとなくニマニマ笑ってしまう。一種の照れ隠しみたいなものだ。

「どうしてそうやって笑って誤魔化すんですか? そろそろ本当のことを言った

らどうなんですか?」

 まるで嘘付き呼ばわりをされた森田は、思わずムカッとすると同時に、瞬間

に紅潮しているのが自分でもわかった。

「なんだ、その嘘をついているというような言い方は! さっきから何度も一回

だけやったと言っているじゃぁないかっ!」

 語気を荒く言ってしまってから少し後悔した。相手を怒らしてしまってはまず

いと知っているからだ。

「あ、いや、すみません。思わず強く言っちゃったなぁ……でも、本当に、申し

訳ないですが、一回だけはやったんです。これは本当なんです」

「一緒にやったという人は誰なんですか?」

「そ、それはちょっと……向こうの人が公表しては困ると言っているので……」

「なんですって? それじゃぁ、本当に一回だけなのかどうか、証明できない

じゃないですか?」

「そ、そんなこと言われても……相手がそう言ってるんですから……」

「じゃぁ、一回だけだという証拠を見せてくださいよ」

「あ、しょ、証拠は家に……あるはずなので」

「家にあるぅ? 嘘! じゃぁ、これは何?」

 目の前に一枚の薄っぺらな紙のカードを突きつけられて、森田はあっと小さ

く叫んでしまった。

「な、なんで、これを?」

「なんでって、あなたの背広から出てきたんじゃないですか!」

 薄いピンク色のカードは、パスポートと呼ばれているものだ。設備を利用す

るたびに一回ずつスタンプを押してもらえるという、クーポン・パスポートなの

だ。普段からケチでおまけ好きの森田は、こういうクーポンを大事に持ってい

るタイプの人間なのだ。それにしても……しまったなぁ、こんなものを持ってた

なんて忘れていた。こういうところがダメなんだなぁ、僕は。

「ほら、ここには一回ではなくて、六つスタンプが押されてるじゃぁないですか。

これは、ここを六回利用したという証拠じゃぁないんですか?それとも、このホ

テルは、一回で六回分のスタンプを押してもらえるんですか?」

「す、すみません……ほ、本当は一回ではなくて、六回やりました。ごめんなさ

い!」

 森田はいきなり床に禿げた頭を擦り付けて土下座をした。もうしません、もう

しませんと何度も繰り返す森田の姿を見ているのは妻の貞子。仁王立ちにな

って森田にスタンプカードを突きつけている。これで何度目だろうか、こうした

状況になるのは。貞子の頭の中は森田の浮気癖というよりも、虚言ばかり言

う態度に対しての怒りで、今はいっぱいなのだった。

                             了

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第六百三十話 女子かい? [可笑譚]

 友人のユミコから同窓女子会の話を聞いたので、私も行ってみることにした。

いままで誘われたこともなかったので、はじめての参加なのだが、みんな学生

時代の気のおけない友人だからとても楽しみで、いそいそと出かけた。会場は

カジュアルなイタリアンバル。私が席に着いたときには、もうみんな集まってい

て十人くらいがワイワイはじめていた。

 卒業してからもう十数年が過ぎるけど、みんなほとんど変わっていない。少し

目尻のシワが増えたかなと思える女子が何人かいたけれども、それは私だって

人のことは言えないし。ユミコをはじめ、個々にはときどき会うこともあるのだけ

れども半分くらいは卒業以来の再会じゃないかな。昔の仲間って、なんだか落ち

着く。久々に集まると、まずは近況報告ということになるけれども、五人はもう結

婚していて子供もいるという。子供が小さいから来れなかった人も何人かいる。

結婚もせずに働いている私としては、羨ましいような、そうじゃないような。やっ

ぱり私は自由気ままな暮らしの方が好きだから。

 主には席の近い者同士で近況報告が終わると、今度はダイエットやおしゃれ

の話がテーブルに載せられる。最近体重が気になっているとか、食事ダイエット

を実践している子の話とか、ファッションに関してはやっぱりどの店で買うか、バ

ーゲンはどうだったか、今日のアクセサリーはいくらしたか、みたいなたわいのな

い話であるが、そのうち急に健康の話になった。マユミが自分の体調不良の話を

したからだ。

「最近さぁ、不順なんだよね」

 マユミは独身派だ。

「私、ちょっと早いけど、更年期がはじまったのかも」

「それはないんじゃない? まぁ、早い人もいるらしいけど、それにしても」

「マユミはさぁ、あれじゃない? セックスレス」

「ええー! 確かにこのところオトコがいないんだけど……」

「あれってさ、ご無沙汰しすぎると、ホルモンバランスがおかしくなってくる

らしいよ」

「あ、女性ホルモンは重要だよ! エストロゲンが減っちゃうとさぁ、ほら、

女性にもアンドロゲンって男性ホルモンが最初からあるんだけれど、それ

の割合いが増えちゃうから、いろんなことが起きちゃうよ。急に老けたり、

髭が生えてきたり、そうそう、更年期傷害もその一つだよ」

 そういうことの知識は少々持っているだけに、思わず口を挟んでしまった。

するとみんなが一斉に私の方を見た。さぁ、その話ならなんでも聞いてよ!

というつもりで私はみんなににっこりと笑いかけたんだけど。

「ねぇ、なんであんたがいるのよ」

 幹事役のクミコが口を開いた。

「え? 私……」

「誰が呼んだの? 誰か招待した?」

「あ、ワタシが言ったかも」

 ユミコが申し訳なさそうに言った。

「そっか、ユミコは仲よかったものね。ううん、別にいいんだけど……幹事と

しては、一応声かけて欲しかったなって」

 私は急に居心地が悪くなって言った。

「ねぇ、まずかったかしら? あたしはのけもの?」

「ううん、だからぁ、別に私はいいんだけどね、一応これって普通の同窓会じ

ゃなくって女子会だし……」

「やっぱり?」

「そうねぇ、まぁ、みんながいいっていうなら別にいいけど、ビミョーな話とかも

するじゃない、私たち」

「いまのみたいな?」

「まぁねー。でもあんた、しばらく見ないうちに随分かわったのね。いまのいまま

で私あんたがいるのに気がつかなかったもの」

「ほんとほんと。私も誰だっけって思いながら喋ってた」

「そうかなぁ、私、自分ではそんなに変わってないと思うんだけど

「誰がいちばん変わったかって……」 

 クミコの言葉に続いてみんなが口を揃えて言った。

「あなたがいちばん変わったわ、太郎君!」

                                   了

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第六百二十九話 女子会の愉しみ [日常譚]

 ここ数年、半年に一度くらいの割合で、気のおけない友人たちと集まって飲

み会をしている。いわゆる女子会というやつだ。メンバーはだいたい固定して

いて、大勢集まるときもあれば、参加できない人がいたりしてこじんまりと数

名ですることもある。今回は五人だけの集まりとなった。集まってなにをする

わけでもなく、ただ美味しいものを食べて飲んで話すだけなのだが、それが楽

しいのだ。冬にはまだ早いが、鍋料理をつつきながらおしゃべりがはじまる。

「でね、ほんとうに腹が立つのよ」

 旦那の話がはじまると、同様に所帯持ちの人間は相づちをうつ。

「お菓子のレシピをパソコンからプリントしてって言ってるのにね、砂糖がい

っぱいいるらしいぞとか、三日くらいかかるって書いてるぞとか、中味を知ら

せてくるばかりでね、そんなのいいから早くプリントしてよって。それでね、

未だにプリントアウトはされてないのよ」

「未だにってどのくらい?」

「あれは、先週のことだからぁ、もう五日くらいたつかなぁ」

「なによそれ、どういうこと?」

「ウチは旦那はずーっと中国にいるからねー。喧嘩することもないなぁ」

「中国といえば、最近いろいろあるけど、大丈夫なん?」

「うんうん、ウチのが行ってるとこはまったく問題ないって」

「ああ、私んとこもずーっと単身。三年前に九州から戻ってきたと思ったら、

今は東京やて。私もう十三年も結婚してるけど、一緒に住んだんは三年もない

と思うわ」

「その方が夫婦関係は長持ちするんじゃない?」

「その点、私はずーっとひとりだからねぇ。喧嘩する相手も家にはいないよ」

「ああ、私もわたしも!」

「あら? メグは今日、東京からわざわざ?」

「んーっと、他の用事も全部併せて帰ってきたからねぇ」

「ほかの用事って?」

「今回はね、実家に預けてる猫の様子見とさ、あと格闘技を見るために」

「格闘技? へーそんなの好きなんだ?」

「私は格闘技よりもサッカーかなぁ」

「あ、私は相撲」

「私は別に」

「私もスポーツは……」

「んで、黒豆を炊くのに夜から水に浸けておくでしょ?」

「そうそう、黒豆は身体にいいからねぇ、美味しいし」

「ダイエット方法で紹介されてたよ」

「ダイエット? 私はバナナダイエットで」

「バナナダイエットって? バナナは炭水化物でしょ?」

「炭水化物は茄子にも入ってて……」

「豆腐がいいに決まってるわ」

「豆腐より豆乳がエキスたっぷりで……」

「豆乳ってでも、飲み過ぎたらだめなんでしょ」

「飲み過ぎってあなた、それ、バケツ一杯も飲めばよくないでしょうけど」

「イソフラボンは女性ホルモンに似ているからいいわけでしょ?」

「女性ホルモンといえば、更年期障害が」

「あ、私もうすぐ還暦なんだ」

「ええー! それじゃお祝いしなきゃ。赤いちゃんちゃんこ!」

「ひゃー、もうお腹いっぱい。この鍋って、案外お腹ふくれるねぇ」

「あかん、もうはいらへんわ」

「そうねぇ、もうみんな満腹よねぇ」

「じゃぁ、そろそろ雑炊に」

 それでもまだまだおしゃべりは続き、喋り足りずに二次会に向かう。

「ああー居も楽しかった」

「うんうん。いっぱい食べたし、しゃべったし」

「で、なんの話してたんだっけ?」

「旦那に腹立つ話でしょ?」

「あ、単身赴任の話やよ!」

「格闘技が好きってこと」

「ダイエットじゃなかったっけ」

「うーん、そんな話だっけ? 豆の話じゃなかった?」

 人の話は、自分の話の前振りにしか過ぎない。それぞれに自分のことだけを

しゃべって、しゃべって、それだけでもう満足。それこそが女子会の愉しみで。

「今度は忘年会? 新年会の方がいいかな」

 三ヶ月もすれば、またしゃべりたいことは山積みになっているだろう。

                       了

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第六百二十八話 文学青年の尽きない悩み [文学譚]

 たいていは家の中に引き蘢って本ばかり読んでいる。ぼくは大人だけれども、

ビジネス書やノウハウ本などは読まない。すべて小説や詩集、いわゆる文芸書

ばかりだ。書斎代わりに使っているダイニングテーブルに本を置いて、椅子に

浅く掛け、方を背もたれに押し付けるような姿勢で読書をする。そんな姿勢

で読むのならソファとかに座ればいいのにと思うだろうが、あれはいけない。

ソファの座面は柔らか過ぎて、いよいよ姿勢が怪しくなるし、なにより本を

乗せる台がないと疲れるのだ。

 後ろ斜め四十五度くらいの角度で背もたれに寄っかかっているぼくは、腹

の上に手を乗せ、その先に本が載せられているテーブルの天板があるという

格好で、いつまでも本を読み続ける。文芸書の中に描かれているさまざまな

物語はぼくを捕まえて、非現実という現実の中に連れて行くのだが、いった

ん入り込むと、我を忘れて読み進んでいくから、食事を忘れることはもちろ

ん、トイレに行くことさえ忘れてしまう。

 左手は本の左端を押さえているが、ページをめくる右手は常に臍の右側あ

たりに乗っている。そこから右手動かすと、次のページをめくるのにまた労

力が必要になるから、定位置に固定し続けていると、ほんとうに右手がその

場所に固定されてしまった。ぼくの右手は臍の右側から生えたような格好で

動かなくなってしまった。というより、もはやぼくの右手は右肩ではなく、

腹から突き出ている。そんな馬鹿なと思うだろうが、幻想の世界ではよくあ

ることだ。文学というものは、実はなんでもありなのだ。中にはリアリティ!

と口をすっぱくいうような文学者もいるが、それは現実世界に置ける現実味

とは少し違う意味だ。所詮物語はフィクションなのだから、その嘘話がまる

でほんとうのことに思えるという意味でのリアリティだ。つまり、本を読ん

でいる読者が信じることができるならば、なんでもありなのだ。

 実際、いまのぼくにとって、右手が腹から突き出ていることになんの違和

感もないし、むしろページをめくるためにはいっそうこの方が便利なので、

この現実に感謝しているくらいだ。さきほど、トイレに行くことも忘れると

言ったが、そうはいうものの膀胱に水分が溜まってくると、忘れていた用事

は否が応でも思い出させてくれる。しかし、いま正念場である物語からいっ

ときでも離れるのはいやだ、どうしようと思ったとき、ぼくの股間がもぞも

ぞしだして、パンツの端っこからホースが出て行こうとしたが、いや、ちょ

っとそれはいくらなんでもいかんぞ、家の中であろうともそんな破廉恥なと

思いなおして、股間の動きを止めさせた。そんなことより、こっちの方法が

あるぞと思いついたことを下半身に命じると、そうなった。ぼくの下半身は

ちょうどズボンの腰のあたりから外れて歩き出し、ひとりというか、半人は

トイレに向かっていき、自分だけで用事を済ませに行った。だからその間も

ぼくは本を読み続けることができ、物語はますます佳境にはいっていく。

 まもなく下半身が戻ってきたので、よしよし偉いぞと褒めてやってから、

元通りに上半身と合体させながら、こんないい方法をいままでなぜ思いつか

なかったんだろうと思った。そろそろ腹が減ってはきているのだが、まさか

頭だけ食堂に行かせるわけにもいかず、まぁ、本を読み終えるまでに空腹死

することもないだろうからと、それはやめておいた。何しろ、頭だけが出か

けていったとなれば残された身体だけで、どうやって読書を続けるというの

だ。

 夜になり、まだ三分の一ほども読み残しているというのに、眠気が襲って

きた。そこでぼくは、いい方法を考えついた。つまり、半分ズツ眠るという

方法だ。まず、左眼をつぶって左眼と右脳を眠らせる。一、二時間もすれば

今度は交代して右眼と左脳を眠らせる。ただし、この場合は同胞突き出てい

る右手も一緒に休んでしまうから、ページめくりを左手にやらせるので、少

しだけ不器用になってしまう。少し驚いたのは、左脳を眠らせてしまうと、

左脳は理屈を担当する脳であるので、文字を理解する処理能力が低下するみ

たいで、読書スピードが遅くなってしまうのだ。だが、この方法ならば、今

後も睡眠なしでいつまでも読書に耽ることができるなぁと、ぼくはいたく感

動した。こんなことができるのなら、たとえば右眼と左眼に、別々の本を読

ませることだってできるかもしれないなとも思った。

 夜が明ける前に、なんとか一冊を読み終えて、さぁどうしようかと少し迷

った。今からまた読みはじめると、またしても一日中この椅子から離れられ

なくなってしまうからだ。いくらなんでも今日は仕事に出ないことには、生

活に困窮してしまうことになる。そのうち、下半身だけでできるような仕事

を探さねばなぁと思っているが、そうなると給料も一人前はもらえないのだ

ろうなと気がついて、これもまた悩みどころだなぁと思っているのだ。

                       了

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第六百二十七話 ドット病の彼女 [可笑譚]

 衣替えをしていると、昨年買ったドットのコートが出てきた。ああ、これこ

れ、去年流行ってて買ったんだった。可愛いんだよね。私は一旦好きにな

ったら凝ってしまう方なので、去年ドット柄にはまったといには、いろいろな

アイテムを購入したのだ。

 紺地に白い水玉が入ったスカーフを皮切りに、黒地に白ドットのスカート、

ージュ地に紺ドットのパンツ、黒地にベージュドットのスパッツ、黒地に白

ドットのブラウス、そしてこのベージュに白ドットのコート。上から下まで全部

ドット柄でまとめてしまいたいくらい好きだったのだが、それをすると、パジャ

マか道化師のようになってしまう。ドット柄は目立つので、どれかワンアイテ

ムしか使えないのだネックだ。ただ、このコートなら、インナーにドットを入れ

てなおかつドットコートを羽織るという技が可能なのだった。昨年はほんと、

ドットにはまったなぁ。一種の病気だな、これは。ドット病。病名まで思いつい

てしまうと、思わずおかしくなって、うふふと一人で笑ってしまった。

 早速、発掘したコートを着て歩いていると、向こうから友人の女の子が歩い

てきた。ここ数日めっきり秋らしくなったとは言え、日中はまだ暖かかったりす

るので、彼女は軽装だった。ベージュの長袖カットソーの上にTシャツの重ね

着という感じ。

「こんにちは」

「あら、こんにちは! あ、可愛いコート!」

「うん、衣替えしてたら出てきたから・・・・・・」

「ああ、もう、そんな季節ね。それにしても可愛いドット柄!」

「去年は流行ったけど、今年はどうなのかしらね?」

「あら、今年も引き続きだと思うよ。っていうか、ドット柄はテッパンだよね」

 そう言って微笑む彼女もドット柄を身に着けている。白いTシャツの中に着

ているカットソーは、ベージュ地にピンクのドットだ。

「あなたのカットソーも可愛いドットじゃない?」

「え? 私? 私はドット柄のを持ってないの」

「でもほら、そのカットソー」

 よく見ると、彼女はカットソーなんて着ていない。

「えーっと、その腕の柄はぁ……」

「え? 腕?」

 言いながら自分の腕に目をやった彼女の顔色が変わった。

「え! え? な、何これ? なんなのー!」

 両手で腕を抱え込むようにして摩る彼女。掌が腕を押す度に、ピンクのドッ

トが白くなったり、濃くなったりしている。

「じ、じんましんかしら……それとも、何か変な病気かしら?私、今朝からなん

だか身体が熱いと思ってたのよね……。びょ、病院に行くわ、今から」

 身体の変異に気づいた彼女は、急に病人のような表情になって、ふらふらと

歩き去った。ドット病って……本当にあったんだ……。

                                   了


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第六百二十六話 初期化細胞 [妖精譚]

「・・・・・・つまり、すでに分化してしまっている細胞の初期化が可能ということ

です」

「初期化・・・・・・ですか?」

「そうです。たとえば、皮膚の細胞は皮膚の役割をするような設計図に基づい

て作られているわけですが、ここに四つの遺伝子格を注入することによって、

分裂前の単核受精卵と同じ姿におどすことができるわけです」

「ということは、皮膚の細胞がまっさらになると?」

「そうです。IT用語でいうところの初期化が可能なわけです」

 ノビール賞を受賞したばかりの山中田教授の話を熱心に聴いていた其田女史

は、自らも生理学研究に取り組んでいる研究者だ。以前から何度も山中田教授

の講義は聴講してきたが、こうして間近に話を聞くのは初めてだ。IPS細胞につ

いても、より一層深いところまで理解することができたようだ。

 細胞に四つの遺伝子核を注入することで初期化できる・・・・・・。其田女史は、

初期化という言葉に強く反応していた。三十路を過ぎている女史は、最近特に

研究で徹夜続きな生活をしているためか、肌の衰えを気にしはじめているから

だ。シミ、皺、たるみ。こうしたものすべてをなんとかしないと、今に老人のような

顔になってしまう。

 研究室に戻った其田女史は、早速四つの遺伝子核を抽出し、培養液カプセル

の中に保存した。この液体が初期化細胞をつくるのだ。だとすると・・・・・・其田は

この培養液を皮膚細胞に注入するかわりに、ブラウスの袖をまくりあげ、自分の

腕に注入した。もしかすると、新たな現象が現れるかもしれないではないか、そう

思ったのだ。危険はない。細胞レベルではなく、人体レベルでも同じ事が起きるか

起きないか、それだけだ。反応はすぐには現れない。代謝の速度が伴うからだ。

 翌日。それは微かな兆候を見せはじめた。なんとなく肌の調子がいいのだ。化

粧ノリがいい。もしかすると? 其田は内心喜んだ。

 さらに翌日。明らかに肌がスベスベになった。まるで赤ん坊のそれだ。やった!

山中田教授は、細胞にばかり目を向けていて、人体そのものへの効果までは試

験していない。この発見で、私は次のノビール賞をもらえるかもしれない。その上

若返りも! 自分の肌の初期化に成功した其田女史は、その次に何が起きるか

までを予測することはできなかったようだ。

 次の日の朝。それは発現した。すべすべの赤ん坊のような肌をした女性がベッド

の上で目覚めた。だが自分が何者なのか、何故ここにいるのかわからない。そん

な表情で、無垢な瞳がただただ白い天上を見上げている。初期化。それは、細胞

のみならず、其田の身体の全てに効果をもたらしたようだ。其田は、身体のすべて

を赤ん坊と同じレベルにまで初期化することに成功したのだ。

                                    了


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