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第六百十八話 完全なる愛玩動物 [妖精譚]

 家の近所を歩いていると、友人のウアラと出会った。彼女はひとりではなか

った。というのも、新しく飼いはじめたペットを連れていたのだ。散歩かい? 

と訊ねると、そうなの、この子はお散歩が大好きで、朝晩、お散歩してやると

とても喜ぶの、と答えた。ウアラが握っているリードの先には、我々とそう変

らない大きさのペットがきちんと服を着せられてつながれている。へぇ、可愛

い服を着せてるんだね。というとウアラは、そうでしょそうでしょ、可愛いでしょ

ととても嬉しそうに答えた。名前はなんていうのと聞いたら、ペットの名前はゲ

ンだという。変わった名前だね。そうかしら? 私は気に入ってるわ。まぁ、ペッ

トの名前なんって好き好きだからね。ところで、去勢はしてるの? もちろんよ。

この子の種類は性欲が旺盛でほぉっておくといろいろ悪さをするっていうし、何

より、繁殖させるつもりもないから、さっさと手術したのよ。ふぅん、まぁペットを

飼おうなんて場合はみんなそうしてるもんな。だけど、ペットの立場からすると

なんだかかわいそうな気もするがな。もし、オレがペットだったらさ、そんな自分

の意思でもないのに、去勢なんてされたくないもの。あら、あなたペットになる

つもりなの? まさか、そんなことはないけど。そうでしょ、もし自分がペットだっ

たらなんて、おかしなたとえだわ。

 確かに。ペットの立場で考えるなんて、俺はどうかしてるよな。しかし、おとな

しいね、この動物はワンとかニャンとかいわないのかい? あら、よく聞いてく

れたわね。ほんとうは、この子の種類はよくしゃべるらしいの。いろんな声を出

してうるさいって。しゃべりだしたら、いろいろ要求してくるっていうし。それを事

前に聞いてたから、私は声帯手術済みのこの子を手に入れたのよ。そうかぁ。

声がだせないようにされてるんだ。だって、一日中ワイワイ騒がれたら、近所

迷惑だしね。私んちは、ほんとうはペット飼っちゃいけないことになってるから、

静香にしといてもらわなきゃぁいけないの。ふーん。声帯手術されてると、まっ

たくしゃべらないの? そうね。声は出ないけど、なんか声のないまましゃべろ

うとすることはあるわね。そりゃぁそうだろうな。これって賢いらしいものな……

そうだろ? 頭いいんだろ、この生き物は? うん、とても賢いわ。下手をすると

私たちと同じくらい賢いのかも。でもね、賢すぎるのも危険だってことで、この子

はロボトミー手術を受けてるの。ほら、前頭葉の一部を切除するってあれよ。そ

うなんだ。お金かかってるね。それじゃぁ、もうあまり賢くはない? ううん、そん

なことないよ。知能はそれなりにあるから、ちょっとしたお使いくらいはできるの

よ。たとえばメモとお金を持たせて、ひとりで買い物だってできるわ。すごいん

だね。さすが霊長類だ。ほんとはね、このお散歩だってひとりでできなくもない

んだけど、ひとりでお散布に行かせて、ひょっと帰ってこなかったりしたら困る

から……。へぇ? そんなことあるわけ? そうよ。高価なペットだから、誰か

んい連れて行かれないとも限らないでしょ?

 じゃぁ、そろそろお散歩続けるわね、と言ってウアラは行ってしまった。ペット

を飼うのも、飼われるのも、何かとたいへんなんだな。俺はそんな面倒なこと

したくないな。小さな動物ならまだしも、なんで俺らと変わらないほど大きなの

を飼いたがるんだろう。まして人間など。あんな面倒な生き物、ほかにはいな

いんじゃないか? 俺は頭頂部にある知覚レーダーである触覚を震わせなが

ら思った。人間を飼うなんて信じられない。

                                了

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読んだよ!オモロー(^o^)(1)  感想(0)  トラックバック(0) 
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