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第六百二十三話 撤去されちゃった [妖精譚]

 駅前に自転車を止めて学校へ行くのが常だった。ところがある学校からの帰

り、駅前に止めておいたはずの自転車がない。しまった! 盗まれた! 胸を

どきどきさせながら、止めた場所を間違えているのかなときょろきょろして探し

ていると、地面に張り紙がしていることに気がついた。

「ここに駐輪していた自転車は、撤去いたしました。自転車の持ち主の方は、

下記保管所まで取りに来てください」

 なにぃ~! 撤去しただとぅ? しかし、そこには私の自転車を撤去したの

かどうかという確かな証拠はない。もしかしたら、他の人の自転車は撤去さ

れたかもしれないが、私のだけは盗まれた可能性だって残されている。しか

し、保管所に行けばあることを祈りながら、私は紙に書かれている住所を頼

りに、保管所の場所を探し、出向くことにした。

 自転車の保管所は、とんでもなく遠いところにあった。町で言えば隣街どこ

ろではない。五駅ほども離れたところ。そこまでは電車で行けるが、そこから

どうやって自転車も持ち帰れというのだ。そう思うと、だんだん腹がたってきた。

 保管所に行くと、管理係りのじいさんたちがいて、保管料二五〇〇円を払え

という。払わねば返さねえだという。だが、そんな高い保管料を払うほど長くは

預かっていないはず。たぶん数時間のはず。しかも、すぐに取りに来た私も、

一週間も取りに来ていない誰かも、同じ二五〇〇円だなんて、納得がいかな

い。それに、そもそも保管を頼んだ覚えもない。

 予告もなく勝手に持ち去っておいて、二五〇〇円払えとは、まるで泥棒以下

ではないか。そう思い始めた私は、管理係りのじいさんに食って掛かり、責任

者を出せと言った。責任者は市役所にいるというので、電話をよこせと言った

が、じいさんたちに無視されてしまった。とにかく金を払わねえと返さないの一

点張りなので、私は泣く泣く今月のおこずかいを叩いて二五〇〇円を払った。

 自転車は確かにあった。だが、ワイヤーロックは無残にも切断されており、

トラックに重ねられたせいか、ヘッドライトの一部は欠け、ハンドルは歪んでい

た。泥棒! 悪党! 心の中でそう叫びながら、私は自転車に乗って、電車で

五駅もある道のりを、しかも自転車で走るには危険な道路を必死で漕いで、

家まで自転車を持ち帰った。

 それからしばらくして、駅前には自転車放置禁止と張り紙がされ、市の条例

によってその場所は自転車を止めてはいけないことになったと告知された。

そのあたりに自転車を数分止めるだけでもそれは放置とみなされるとも追記

されていた。私は自転車通学を放棄し、徒歩で三〇分の道のりを歩いて通学

するようになった。

 ある土曜日。学校は休みの日に、友人と駅前で待ち合わせていた。午前十

時。早めに到着していた私は、駅前の歩道でなかなか来ない友人を十分以上も

待っていた。かつては駐輪自転車で一杯だったその場所は、いまや条例のおか

げできれいに片付き、自転車は一台も止まっていない。そのポッカリとあいた場

所でぼんやりと友人を待っていた。気がつくと、トラックが停車し、腕章を付けた

おじさんが近づいてきた。

「まだ、いるんだな。止めちゃいけないって場所にこうして放置しやがる人間が」

 一言そう言って、おじさんは私に手をかけた。ちょ、ちょっと何するの? 言おう

とするが、舌がこわばって声が出せない。もうひとり若い兄ちゃんもやって来て、

二人がかりで私を持ち上げる。私はそのままトラックに運ばれて、荷台にぽんと

投げ込まれた。トラックの荷台には既に何人かが積み込まれていた。高校生ら

しい男の子、ミニをはいたギャルが二名、おじいさん、サラリーマン風の男。彼ら

はみんなどこで何をしていたのか知らないが、黙って荷台に横たわっている。何?

いったいこれはどういうこと? 

 私は荷台からさっきまで立っていた場所に目をやった。すると電柱に新しい張り

紙がしてあることに気がついた。細かい文字までは見えなかったが、大きな見出し

にはこう書かれてあった。

「無断浮浪者禁止。ここに放置された人間はすべて浮浪者とみなし撤去します」

 いつの間にこんな条例ができたのか、私は知らなかった。

                                      了

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