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第六百三十六話 仮定菜園 [文学譚]

 誰かに教えられたわけではない。大根一本を買ってきて、包丁で切った葉っ

ぱのところ、以前はそのまま生ゴミと一緒に捨てていた。おばあちゃんは、大

根の葉っぱはお漬け物にしたら美味しいよなんて言ってたけど、私は糠床を持

っていないし、浅漬けのノウハウも知らない。気が向いたときにはお味噌汁の

中に葉っぱを放り込んで食べたこともあるけれども、なんだか面倒くさい。だ

からほとんど捨ててきたのだ。

 だけどあるとき、短くきられているけれども、まだ青々とした葉っぱが急に

可哀想になって、小鉢の中に水を入れてみたのだ。すると三日もするとその先

が伸びてきてかわいい赤ちゃんのような葉が生まれているのを見つけた。なん

だかとても可愛いくて、大事に育ててみようと思った。だけど五日目には枯れ

て腐ってしまった。水をかえてやることを知らなかったからだ。私はようやく

学習して次からはちゃんと毎日水を変えてやることを覚えた。

 にんじんはヘタの部分を小鉢の水の中に浸けているだけで、小さな葉っぱが

伸びてきた。今度はこまめに水をかえてやり、可愛い人参の葉を枯らすことの

ないように注意した。それから野菜を育てるのがとても楽しくなって、大根や

人参のほかにも、茄子やトマトなどいろいろな野菜を育っていくようになった。

 こういうのを家庭菜園と言うことを後から知った。専門家の言葉では、キッ

チン・ガーデニングなんていうそうだけど、私のはそんなに格好良くはない。

野菜のくずを小鉢に入れて並べているだけだからだ。小鉢はそんなにたくさん

持っていないので、ある程度育ったらベランダの植木鉢に移し替えてやる。す

るとまたどんどん育ってくれるのだ。

 ひとつだけ面白い話がある。友人をウチに呼んで騒いだあと、お酒に酔って

しまって、ベランダで吐いてしまったのだ。私はベランダに水を撒いて後始末

したのだが、しばらくすると、なにも植えていないはずの鉢植えから、小さな

芽が伸びてきた。何だろうと思って水をやっていると、どんどん伸びて、やが

て実が成った。それは小さなトマトだった。そういえばあの日はみんなでトマ

トサラダも食べいた。どうやら友人の腹の中から出たトマトの種が植木鉢の中

で育ったのだと思った。二個成ったトマトのひとつを持って出かけ、生みの親

である友人にプレゼントすると、不思議そうな顔をしていたのを思い出す。

 こんなことでさえ野菜は育つのだから、キチンと植えてやれば、ほんとうに

水をやるだけで育ってくれるから嬉しい。これって、育てる愉しみだけでなく、

大きく育ってくれたら、食べることができるという大きなメリットがある。私

の家は決してお金持ちではないので、これは大いに助かる。私は、家庭菜園な

んて言葉を覚える前に、もう自分で野菜作りをはじめていたというわけだ。

 今、ベランダにはいろいろなものが植わっている。大根、人参のヘタはもち

ろん、ネギの根っこ、カイワレ、トマトのヘタ、胡瓜、レタス、なんでも端っ

この、今まで捨てていた部分を植えてみてる。実験のつもりで、もっとほかの

ものを試して見ている最中だ。サツマイモ、ジャガイモ、タマネギ、みかんの

皮、バナナの皮、イワシの尻尾、エビの尻尾、豚肉の脂身、ホルモンの固いと

こ、パンのヘタ、固くなったご飯、ピーナッツの皮、ポップコーンの屑、キャ

ラメルコーンのかす、卵の殻。

 野菜は必ず芽が出るだろうけれども、イワシやらポップコーンの芽が出たら

嬉しいな。卵の芽が伸びて、白い小さな卵の実なんか成ってくれたら、私、嬉

しくって泣いてしまうかもしれないな。もしもっていう実験から、これは家庭

菜園というよりも、仮定菜園っていうべきかしら? 楽しみたのしみ。

                     了

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