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第六百二十四話 非常識が尻から出てる [文学譚]

 モニターには、大きく尻が映し出されている。真っ赤なビキニをつけた美し

い尻。それはボクの尻だ。ビキニパンツの尻をカメラが追いかけていく。ボク

キャットウォークでどんどん歩いていく。その先には赤い車。そして・・・・・・

 想像していた以上に美しく撮られている映像に、すっかり満足したボクは、

撮影スタジオでモニターを取り囲んでいるスタッフににっこりと笑いかけた。

監督は既にOKを出していたので、被写体であるボクの満足そうな反応を

見て、次の撮影の準備に取り掛かっていた。

 この国に来たのは初めてだ。ボクはイスラエルに住んでいるのだが、ど

うしたわけか、この国の誰かがボクのブログを見つけ出して、CM出演の

オファーをかけてきた。もちろんボクは喜んで仕事を受けた。一度は行っ

てみたい国だったし、仕事は面白そうだったから。

 ボクがモデルを始めたとき、ボクを取り巻く仕事仲間たちみんなが、ボク

に特別な才能があるように接してきた。最初はそれが何かわからなかった

が、その内に知ることになった。ボクは男性モデルなのに、非常に女性っぽ

い外見をしているのだ。体つきはスリムで、ウエストはくびれ、金色の長髪

はより一層アンドロジーナス的な容姿を際立たせていた。衣装係りはボク

に女性服を着せたがり、メイク係りは化粧をしたがった。もちろん、男性モ

デルの仕事ではそのようなことはしないが、男女無関係なアートっぽい写

真の中に存在するフォトジェニックな人物が求められたとき、ボクは女性

モデルになった。ううん、けっしてボクから望んだことではないよ。だって

ボク、別に女性の姿になりたいなんて思ったことないもの。ただ、モデル

をやりだしてからは、男物女物にかかわらず、美しい衣装には引き寄せ

られるけどね。そう、女性になりたいだなんて思ったことはない。ありの

ままの自分でいたいって思ってるだけ。

 そうだね、ただ最近はね、自分がアンドロジーナスに見えているって

自覚してからなんだけど、ボクの正体を知った誰かがひどく驚く顔を見

るのがとても好きなんだ。今度の仕事だってそうだ。最初は美しい女性

を見てるって思ってる。ところが、十数秒後には、それがひっくり返され

るんだ。それはまさしく価値感の逆転だね。

 現実の世界ではボクはそれほどフェミニンな態度を見せていないつ

もりだけれど、黙って立っているだけで、特に外国人は僕の性別がわ

からないんだね。すっかり女性だと思っているから、ボクが低い声で

挨拶すると、ええっ!って驚いた顔をする。その次にははっきりと「?」

マークを頭の上に乗っけて、どっち? って聞いてくる。この、相手の

価値観がひっくり返る瞬間を見るのが、ボクは大好きなんだよ。

 え? で、ボクの性対象がどっちかって? ふふん、それは今は言

わない。いいえ、内緒じゃないよ。ボクのブログにはちゃんと書いて

からね、そっちを見るとすぐにわかるよ。ボクには恋人もいるし。

 じゃぁ、もうこの辺でいいかい? そう言ってから彼は部屋を後に

したのだが、部屋を出る前に悪戯っぽく取材陣にウインクをして見せ

た。そして廊下に出る扉を出て行くその後ろ姿は、ほっそりとしてま

さに女性のそれであった。他のみんなは彼が去ると同時に自分の仕事

に意識を戻したのだが、我々は彼が完全に部屋を出るまで彼を眺め続け

た。そしてドアが締まる直前、彼のこぶりな尻のところに、ふわふわし

た尻尾が見え隠れしているのを私は見逃さなかった。フォックス・テー

ル。ボクにはそう見えたが、実のところ、それが目の錯覚だったのか

どうか、今では自信がなくなっているのだ。

                           了


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