第六百二十一話 レバー・カムバック

　親父さん、あれ、あるの？　え？　ないの。　やっぱり。そうかぁ、残念。も

う食えなくなっちまったもんなぁ。あの事件以来。レバ刺し大好きだったんだよ

な、オレ。ゴマ油の薫りがプーンとしてなぁ、プルンとした肉が喉の奥につるん

と！　はぁ〜たまらん！　ところが食中毒事件なんて起こしやがった。それだけ

で国中のレバ刺しが禁止になるなんて、おかしくないか？　馬刺はOKなのによ？

どゆこと、これ。親父さん、工夫したよね。牛がだめなら豚でって。豚肉の生な

んて、オレは子供の頃おかぁちゃんから言われてたよ。豚だけはよぉく火を通し

て食べるようにって。その豚肉のよ、しかも内蔵、レバーを生で食わせるなんて、

なんてことをしやがるんだい、てやんでいって思ったよ。けどよ、美味いのよ、

これが。これなら牛レバー刺しと変わんねえじゃんって思った。さすが親父さん。

親父さんの手にかかりゃぁ、牛も豚も同じかってね。

　牛がだめなら豚で行こう！　オレはもうそう決めたよ。それから何度もいただ

きました。ところがよ、こないだニュース見て驚いた。豚のレバーもご注意くだ

さいだってよ。え？　まだ禁止はされてないんだろ？　ん？　時間の問題？　お？

昨日から禁止になったって？　うっそ！　そんな。じゃ、もうレバ刺しって食え

ねえの？　馬ならどこかにあるって？　ここにはないんでしょ？　鶏も置いてな

い？　そうだよね。ここは鶏屋でも馬屋でもないもんなぁ。参ったなぁ。もうレ

バ刺しは夢の食いもんになっちまったか。でもさ、親父さんとこなら、なんかさ、

ほら、隠しメニューとかであるんじゃないの？　あれみたいに。いつかほら、食

わしてくれたじゃん、鰐の肉。あれ、ちょっと堅い鶏肉みたいだったもんな。そ

れからカンガルーの肉も。あれは鹿みたいな臭みがあったっけ？　だからよ、親

父さんとこなら、レバ刺しも隠し持ってんじゃないの？

　え？　ある？　ほんとうはある？　やっぱり！　そうだろう、そうだと思った

よ。親父さんほどの店なら、きっと裏メニューであると思った。くれ、くれよう。

美味しいとこ、一人前！　たのんだよ！

　お！　来たきた！　これこれ。赤いつるんとした。生レバーちゃん。やっぱこ

れでなくっちゃ。ゴマ油のタレに浸けてっと……うーん、この薫り。このまま口

へ……んん〜喉につるん！　美味い！　美味いよ、おやっさん！　もう一切れ。

んんん〜〜いいねぇ。美味い！　ところでおやっさん、これは牛レバ？　え？

シッって？　あ、そうか。牛は御法度だもんな。え？　牛じゃない？　じゃ、

豚かい？　えっ！？　豚でもない？　じゃ、これなんなの？　美味いよ、結構

これイケるよ。ナイショ？　内緒だって？　そう言わずにこっそり教えてよ。

な、なんだって？　おやっさん、後ろ向いて何してんのよ。え？　こんなとこ

で腹見せられても。え？　傷？　どうしたの、それ。何？　裏で肝臓を、少し

取り出した？　なんで？　何？　さっきの、この生レバー？　親父さんの肝臓

……グエッツ！　おえっ。ウップ。な、何しやがんでぃ。オレはおやっさんの

肝臓食っちまったのか？　そ、そんな馬鹿な。え？　何？　これだけ規制され

てしまったのでは、もはや出せるレバーは人間のくらいしかない？ で、人殺し

はできねえから自分のでってか？　おやっさん……おやっさん頼むよ、そんな

無茶しないでよ。そうか、これ、だけど、いまさらそのおやっさんの腹の中

に戻せないもんなぁ。ゴマ油ついちゃってるし。美味いし。……そこまでして

出してくれたおやっさんの肝臓、残りもいただかなくっちゃもったいないわな。

うーん、美味い。おやっさんのレバー美味いよう。でも、これって数に限りが

ありますわな。もう、次は食べれませんわな。おやっさんの肝臓がなくなっち

まう。え？　そのときはおまいさんの肝臓を……じょ、冗談じゃない。おやっ

さんなんてこと言うんだい？　おやっさんの肝臓を食ったんだから、今度は、

おまいさんのを次の客に出す？　そ、そんな！　おやっさん？！　おやっさん？

　……なんてことになったりしてね、おやっさん。え？　ほんとうにあるの？

生レバが？　これ。おおー、これ、レバ刺しだ。うん、美味い。おやっさん、

これまさか。まさかおやっさんの……違う？　ああ、よかった。じゃ、何これ？

美味いよ、結構。ちゃんと生レバしてる。なんだって？　これ、こんにゃく？

こんにゃくでできてるの？　美味いじゃん。今夜食うのはこんにゃくってか？

え？　オチ？　これがオチかって？　まぁ、いいじゃん、そんなこと。生肉話

でこれがほんとの生身で体当たりって……どうでもいいや、そんなこと……美味っ！

　　　　　　　　　　　　　　　　　　了

 

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