SSブログ

第六百三十一話 虚言癖 [文学譚]

「本当は、一回はやったんですね?」

 しつこく確認する言葉を聞いて森田はうんざりした。同じことを何度も何度

も聞かれるのは、本当に面倒くさい。それもこれも、そもそもといえば自分が

悪いのには違いないのだが。

「ええ、申し訳ないですけど、一回だけは確かにやりました」

 軽く頭を下げてはいるが、ニマニマしているので、なんだか誤魔化している

という印象は免れない。森田は根は真面目な人間だっただけに、人から追求

されたりした場合の対処法に慣れていないのだ。だから、嘘をついていなくて

も、なんとなくニマニマ笑ってしまう。一種の照れ隠しみたいなものだ。

「どうしてそうやって笑って誤魔化すんですか? そろそろ本当のことを言った

らどうなんですか?」

 まるで嘘付き呼ばわりをされた森田は、思わずムカッとすると同時に、瞬間

に紅潮しているのが自分でもわかった。

「なんだ、その嘘をついているというような言い方は! さっきから何度も一回

だけやったと言っているじゃぁないかっ!」

 語気を荒く言ってしまってから少し後悔した。相手を怒らしてしまってはまず

いと知っているからだ。

「あ、いや、すみません。思わず強く言っちゃったなぁ……でも、本当に、申し

訳ないですが、一回だけはやったんです。これは本当なんです」

「一緒にやったという人は誰なんですか?」

「そ、それはちょっと……向こうの人が公表しては困ると言っているので……」

「なんですって? それじゃぁ、本当に一回だけなのかどうか、証明できない

じゃないですか?」

「そ、そんなこと言われても……相手がそう言ってるんですから……」

「じゃぁ、一回だけだという証拠を見せてくださいよ」

「あ、しょ、証拠は家に……あるはずなので」

「家にあるぅ? 嘘! じゃぁ、これは何?」

 目の前に一枚の薄っぺらな紙のカードを突きつけられて、森田はあっと小さ

く叫んでしまった。

「な、なんで、これを?」

「なんでって、あなたの背広から出てきたんじゃないですか!」

 薄いピンク色のカードは、パスポートと呼ばれているものだ。設備を利用す

るたびに一回ずつスタンプを押してもらえるという、クーポン・パスポートなの

だ。普段からケチでおまけ好きの森田は、こういうクーポンを大事に持ってい

るタイプの人間なのだ。それにしても……しまったなぁ、こんなものを持ってた

なんて忘れていた。こういうところがダメなんだなぁ、僕は。

「ほら、ここには一回ではなくて、六つスタンプが押されてるじゃぁないですか。

これは、ここを六回利用したという証拠じゃぁないんですか?それとも、このホ

テルは、一回で六回分のスタンプを押してもらえるんですか?」

「す、すみません……ほ、本当は一回ではなくて、六回やりました。ごめんなさ

い!」

 森田はいきなり床に禿げた頭を擦り付けて土下座をした。もうしません、もう

しませんと何度も繰り返す森田の姿を見ているのは妻の貞子。仁王立ちにな

って森田にスタンプカードを突きつけている。これで何度目だろうか、こうした

状況になるのは。貞子の頭の中は森田の浮気癖というよりも、虚言ばかり言

う態度に対しての怒りで、今はいっぱいなのだった。

                             了

続きを読む


読んだよ!オモロー(^o^)(2)  感想(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。