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第六百四十一話 予知 [可笑譚]

 明日、自分がどうなっているのか知りたいと思う。だれだってそうだろう?

いま懸命に続けている努力は報われるのだろうか。自分はいつかもっと幸せ

になれるのだろうか。そんな不安を抱えながら、人は皆生きている。だけど、

ほんとうに未来が知りたいか? あなたは何年には死んでいる。そんなこと

を知らされたら、もう、生きる気力も失ってしまうのではないか。

 自分の未来に気づいてしまった私は、すっかり生きる気力を失ってしまった。

昨日まであれほど前向きに生きてきたのに、どんなに努力を重ねたところで、

行き着くところは同じなのだと知ってしまったいま、私はもはや鬱状態を通り

越して、もうどうにでもなってしまえという自暴自棄な人間になってしまった。

朝から出社も拒否して家の中で暴れまくっていた私は、妻に促されて診療

内科の扉を開いた。私のこの病は、医者に看てもらってもどうしようもない

と知りながら。

 老医師は真っ暗な顔をして黙って座っている私の顔を見ながら、何を悩

んでいるのか話してみなさいと言った。私は話しても無駄です、信じてもら

えないと思うしと答えたが、それでは診察のしようもない。どんな話でも信

じる努力をするから、話してみなさい、そう促されて私は不承不承頭の中

に張り付いている自分の未来にまつわる話を語った。老医師は黙って聞

いていたが、私がすべての話を終えて、大きなため息を吐き出すのを待っ

てから口を開いた。

「そうかね、あなたは自分の未来を知ってしまったというわけですな。ふぅむ。

それはほんとうに確かなのかね? もしそれがほんとうなら、私はどうなる?

私は今年七十歳になるが、あなたはまだ六十歳にもなっていないじゃない

ですか。あなたの話通りだとすると、私はもっと早い時点で……」

 老医師は言葉を詰まらせた。なんだ、この爺さん、医者のくせに今まで知ら

なかったのか? 私は少しばかり驚いた。老医師は、言葉を詰まらせたあと、

私に対してどのような処置をしたものか考えているのだと言い訳をしたが、

ほんとうは事実を知って愕然としているのに違いない。私が掴んだ事実を公

にすれば、きっと世の中は騒然となることだろう。しかし、そんなことは……世

の中のほかの連中など、どうでもいい。私は自分のことだけで精一杯なのだ。

 ああ、いったいどうしたらいいのだ? 私は、私は、おそらくあと三十年くらい

しか生きられないという事実に気づいてしまったいま、もはや死ぬまでしか生き

られないかもしれないのだ……。

                                 了

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