第六百二十話 コウラク [空想譚]
「ほら、見てご覧」
教授の言葉に促されてクンツはモニターを覗き込んだ。モニターに映し出さ
れているのは、教授が研究している生物のネスト(巣)だ。生物環境学の専門
家である教授は、さまざまな生物が自然界で生存していく様子を研究するため
に、さまざまなところにリモートカメラを設置して観察しているのだ。地中に
棲む生物、海洋生物、宇宙生物、さまざまな場所に設置されたカメラは、実に
多様な生物たちをモニターしているのだが、大自然の中にはユニークな生物が
数多く生息している。中でも教授が大きな関心を寄せて研究に力を入れている
のが、いまモニターに映し出されているこの生物のコロニーだ。 彼らは小さな
家族単位で孤立して生活している者もいるが、大半は大きなムラを形成して集
団で生きている。いま、モニターに映し出されているのは後者なのだが、四角
いネストに生息している彼らは、毎日あちこちに移動して餌を探し歩いて生き
ているのだ。だが、ある一定の期間毎に、餌探しとは違う行動を取っているこ
とを教授は発見していた。
「ほら、このムラからたくさんの生物が移動しているが、見てご覧。南へ下る
集団、北へ向かう集団、東へ、西へと様々な方向に向かっている集団のどれも
これもが長い列を作って彼らのビークルに乗って移動している。これは、普段
獲物を探しに行く行動とは一線を画している。これはどうやら餌探しではない」
見ると確かに、様々な方向に向かう生物が長い線を描くように連なって、の
ろのろと動いている。とても餌探しのような有益な行動とは思えない。
「教授、生物は皆、生存のために、すなわち食料を得るために行動しているの
では ないのですか? この長い行列は、何をしようとしているのですか?」
「うむ、ワシもこの行動パターンを発見したばかりで、これがどういう意味を
もった行動かまでは見いだしておらんのだ。だが、一見意味のないように見え
る行動も、生物にとっては何か深い意味を持っているはずなのだ」
「 で、これはなんという行動なのですか?」
「ふぅむ。彼らが発する声をモニターした中から拾ったのだが、たぶん彼らは
コウラクと呼んでいるようじゃ」
「コウラクですか」
「そうじゃ。たぶん、コウラクは何か精神的な営み、たとえば我々も有してお
る宗教かなにかと関連しているように思うのだが」
「宗教ですか……」
ムラから続く長い行列は、朝からはじまり、ある場所に到達すると、そこで
狩りや農耕をするでもなくしばらく留まる。その後、夕刻から夜にかけてその
ままUターンするように元のムラに戻っていく。非生産的な行動だ。確かに何
か宗教のようなものかもしれない。行って変えるだけの行動は、我々が寺院に
祈りに出かける行動と似ているような気もするからだ。人類という生物の行動
は、我々神族とよく似ている、そこが面白いのだ。
了