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第六百四十三話 ペーパーレス時代 [可笑譚]

「我社も、そろそろペーパーレスを実施しようと思う」

 唐突に社長が宣言した。社内に波紋が広がる。それを知ったすべての社員が

驚き、のけぞり、不安に包まれた。いったいどうするつもりなのか。それでどうな

るのだ? みんなが持っている疑問はおおむね同じだった。ワンマン社長である

我社では、社長が言った言葉がすべてであり、絶対なのだ。だが、ナンバーツー

である常務が勇気を持って反論した。

「し、しかし社長。なぜそのような暴挙に?」

「暴挙だと? 何を言っておるのだ。いまや世界中がペーパーレスになろうとして

おるぞ。むしろ我社はそうとう遅れておる。パソコンだけならまだしも、スマホやら

タボレットとかいう、それ、あの板みたいなのを、みんな持ち歩いているではない

か。紙を持ってるやつなんぞ、もはやおらんぞ」

「あの、社長、それはタブレットのことでしょうか」

「おお、それじゃ、タボレット!」

「……タブ……ええ、いや、それとこれとはちょっと……」

「こないだはあのニューズウィーク社までが印刷を止めたというではないか」

「はぁ、それはその……」

「ニューズウィーク社と我社は歴史もよく似ておる。あそこはうちと同じように

八十年の歴史を紙と共に刻んできた会社じゃ。それがいま、紙をやめるのだ

ぞ」

「はぁ、それは存じておりますが……。うちは、あそことは違います。印刷する

会社ではないでしょう? ね、社長。うちは……」

「うちは?」

「ええ、うちは、紙屋ですよ!」

「それがどうした」

「うちがペーパーレスになどなったら、何が残るというのです。うちがトイレ

ットペーパーをやめてしまったら、市民は何で尻を拭くのですか?」

「おお……いいところに気がついたな。もちろん、スマホじゃ。尻ふきアプリ

をこしらえて、それで拭いてもらおうではないか。これこそ紙のルネッサンス

じゃ!」

「し、尻ふきアプリ? そんなものでどうやって?」

「そこを考えるのが、君たちのこれからの新しいしごとじゃぁないか!」

「スマホでアプリを立ち上げて……スマホの、この、角のところを割れ目

にあてがって……ちょうどそこのところに、画面に映った疑似紙が当た

るようにして、ええーっと、こう、こ、こうかな……?」

「おお、もう考えているのか」

「……しゃ、しゃちょうー、できません、できません! 大事なスマホがンコ

まみれになってしまいます!」

「そうか? タボレットでもだめか?」

「も、もっとダメかと……」

「ふーむ。スマホもタボレットも見込みなしか……ふーむ、!そうじゃ、浮か

んだぞ!」

「はい?」

「エアーじゃ!」

「エアー? 空気で……?」

「空気ではない、エア尻ふきじゃ」

「エア尻ふき?」

「ほれ、エアギターとか、エアマックとか言うておるがな」

「あの、エアマックは違うと思いますが……」

「とにかく、それじゃ。エア尻ふきでどうじゃ! グッドアイデアじゃろ」

「ぐど……愚度アイデア……しゃ、社長……」

 笑い事じゃない。つまり、素手で拭くわけで。諸君もこれからはエアで尻を

ふくことにできるか?

                                 了

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