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第六百二十五話 業務ウィルス [文学譚]

 事務所のPCを立ち上げてしばらくすると、ウイルス検知ソフトが自動的に

立ち上がっており、「この端末はウイルスに感染している可能性があります。

すぐに対処してください」といった内容のダイヤログが現れ、その下には十九

個の感染ファイルのリストが現れていた。可能性があるっていうか、これって

もう感染してるってことじゃないか! オレは焦って立ち上がっているウィルス

ヤッツケールというソフトのメニューから、駆除というボタンを探して押した。す

ると、このソフトはお試し期間が過ぎているので、プロ仕様のものを購入する

ようにと促すメッセージが現れた。

「何だこりゃ? これは試用ソフトだったのか?」

 俺はすぐに社内のサポート係に内線電話をして、社内でオーソライズされて

いる正規のセキュリティソフトでウィルスチェックをしてもらった。すると、なんて

ことはない。三十分もかけてチェックしたのに、ウィルスといったものは何も出

てこなかった。

「最近、多いんですよね。こういう試用ソフトが間違ったメッセージを出すケー

スが」

 サポート係の男はそう言って、自分の部署へと帰っていった。なるほど、俺

は無意識に、こういう試用ソフトをインストゥールしてしまっていて、そいつが

これを購入させようとして嘘のウィルスをでっち上げたりするのだな。気をつ

けなければな。俺はひとつ学習したわけだ。

 数日後、俺のデスクのパソコンはなんの問題もなく動いていた。俺が仕事

をしていると、背中から声がした。俺が大嫌いな同僚だ。能力もないくせに

人脈だけで課長になった、俺と同期で、仕事よりも保身ばかり考えていて、

部下の悩みよりも上司の意向を優先するようなタイプの人間。そいつがま

たいやらしい言い方で声をかけてきた、ということは、また会社の上層部で

何らかの動きがあったということだ。

「ねえ、山ちゃぁん。最近どうよ? 売上が芳しくないみたいだけどぉ? 机

に張り付いていないで、お得意先周りとか、した方がいいんじゃなぁい? 

君の背中に赤いランプが付いてるみたいよ。このままじゃぁ、給料カット

かもよ。業務縮小でリストラかもよ。どーする?」

 こいつはいつも何か心配ばかりしている。会社がつぶれるのではない

かとか、給料を減らされるのではないかとか、どこかに飛ばされるのでは

ないかとか。そんなことばかりを吹聴して周囲を不安に陥れるのだ。ロク

な社員じゃない。

 赤いランプは俺の背中ではなく、額のあたりで点滅している。「セキュリ

ティーチェック、セキュリティーチェック。こいつの言ってることを信用する

な。こんな話はウイルスみたいなものだ、感染注意、感染注意。誰かが

言った言葉は、不用意に感染し、周りに蔓延する。それは噂という姿で

広がり、組織に悪い空気を芽生えさせる。まるでウイルスのように。こ

ればかりは、駆除ソフトもなにもないから、俺みたいな人間が注意をし

ておかねばならないのだ。おれは黙ってデスクの上に置いてあった除

菌スプレーを手にして、振り返りざまにやつにふりかけてやった。

ぷしゅ。

 だがやつはすでに隣の島のやつに同じ話をはじめていた。

                   了


 

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