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第八百十六話 覗き窓 [文学譚]

 日長一日、小さな窓を覗き込んでいる。暇で、退屈で、ほかになにもすることがないからというわけではない。その気になれば、することなんて山のようにできてしまう。だからあえてすることを作らないように抑えているという節もある。というか、実際、窓を覗いているのも、暇つぶしのように見えて、実は仕事のネタを探しているともいえるのだ。

 一日窓を覗いていると、実にさまざまな事象が見えてくる。おかしな人物や必死な人物など、人間ウォッチングが主流にはなるが、ときには人以外のもの……動物であったり自然現象であったり、あるいは人間が作り出したアートや音楽といった芸術品というものを眺めたりもできる。

 しかし、大の大人が一日中首ったけになって窓を覗いている姿を、誰かに想像すらされたくないものではある。真面目な顔をして覗いているときならまだしも、窓の中に見えるものによってはニマニマしていたり、いやらしい顔をしているときだってあるに違いないから。しかも、わたしがのぞている窓は、大きな窓のときもあるけれども、ほとんどはとても小さな窓だから、他の人にはその中に何が見えているのかなどまったく見えないのだ。いや、見せたくもないのだが。

 この窓を覗く行為は、昨日今日にはじまったことではなく、もう何年も何年もこうして窓を覗き続けている。この行為によってわたしはあたかも自分と世界がぴったりと寄り添っているような気持ちになる。わたしにはただの一人も友達がいないのだけれども、窓の中に登場する人々がいる限り、さみしいとは思わない。窓を通じてつながっている彼らはわたしにとってはとても大切な友達のようなものだ。もっとも向こうは私の存在にすら気づいていないのだが。だからといってなにも問題ではない。むしろこちらから一方的に知ってるだけの方がなにかと便利だし。リアルなつきあいって面倒くさいし。リアルな知り合いなら祝儀不祝儀なんていうこともあるわけでしょ? わたしはそんなのいらない。

 わたしにとってこの窓はなくてはならないもの。友達以上に、親戚以上に。中毒患者のようだと言われるかもしれないが、そのとおり、わたしは窓中毒かもしれない。わたしのこの姿は、まるで乱歩の屋根裏の散歩者ばりの存在かもしれない。わたしはそれを否定できない。でもそれでもいいじゃないか。わたしはこの窓と共に生きているし、窓があるから生きていける。

 もうおわかりかと思うが、わたしが窓と呼んでいるのは、壁に穴を開けた類のものではない。いつでもどこにでもあって、世界中を覗き込めるあの窓だ。わたしの家にも仕事場にも、それぞれ大きめの窓が置かれてあって、そのほかにも大小五つくらいの窓をわたしは常時持ち歩いている。同時にふたつ以上の窓を開いて覗いていることだって頻繁にある。

 窓中毒。それでもいい。それでわたしの精神が正常でいられるのなら。窓とのつながりだけでわたしの人間性が保てるのならば。

                                     了


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第八百十五話 電気羊はアンドロイドの夢を見る [空想譚]

 

 テクノロジーの卵は夢物語から生まれる。最初は土人形が動き出すという物語からはじまったロボットは、やがて金属を中心とした機械で構成されるようになった。

 

 日本がロボット大国となった大きな理由のひとつは、漫画によるらしい。漫画に登場するロボットがあまりにも見事で、それを現実化したいと考える人間が続々と登場したのだ。漫画に登場するのは究極の人型ロボットで、十万馬力というパワーで社会を悪から救うのだ。しかしそんな人間に近い、いや人間を超えたロボットなどそうやすやすと作れるわけではない。実際には人間が求める作業に特化したロボットが考案されて実用化された。

 現在社会の中で実用ロボットとして活躍しているのは、アームロボットやフットロボット、アイロボット、ノウズロボットなどだ。アームロボットは文字通り腕だけのロボットで、製造工場などで部品や製品を組み上げる作業を日夜行っている。フットロボットは人間と同じ二足歩行でどんな悪路であってもモノを運ぶことができる。その前身としては虫のような多足歩行のものや戦車と同じキャタピラーで走行するものもあったが、究極的には二足歩行が最も効率的だったのだ。アイロボットは視覚に、ノウズロボットは嗅覚に特化したロボットで、それぞれの機能を発揮して不良品を見つけ出したり、遺失物を見つけ出したりしている。警察においては犯人探しにも役立っている。そのほかにもおしゃべりに特化したマウスロボット、指圧が上手なフィンガーロボット、お茶を沸かせるヘソロボット、消化を助けるストマックロボット、臭いで敵を撃退するおならロボットなどなど、単一機能だけなら人間の何倍もの力を発揮するロボットたちが世の中をどんどん便利にしているのだ。

 人間と同じように全ての機能を持っていて、人間と同じように思考できる人型ロボットが期待されており、その雛形は次々と開発されてはいるが、現段階ではまだまだ実用化には至っていない。人間の姿をしていて歩いたり話したり握手をしたりはするものの、それは操り人形の域を出ることはなく、人間のように自由に行動するなどということはまだまだ不可能なのだ。最も、人工知能についてはかなりのところまで進化しているので、近い将来人間を超える人型ロボットが誕生することは間違いないのだが。

 なぜそう言い切れるかというと、人間の頭脳とほぼ同じ能力を持つ人工知能は現存する。ただし、人間の脳と同じポテンシャルをもたせるためには相当な大きさが必要であることがネックであり、コンパクト化さえ出来れば、明日にでも人型万能ロボットが出現するはずなのだ。人間の頭脳とほぼ同じ人工知能はどこに現存し、何をしているのかって? それは国家秘密になっているのだが、読者にだけは教えよう。

 その人工知能は秘密の場所で人間的な思考を強化するための訓練を受けている。具体的には、自ら思考し、それを表現するという作業が課せられているのだ。そのロボットには頭脳だけで手も足もなく、思考を電気信号によって表現し人間が理解できる文字というものに変換してディスプレイに反映させる。つまり、思考を文章化している。他のロボットと同じような名称をつけるならば、思考ロボットもしくは執筆ロボットということになるだろう。もうわかったかと思うが、いまこれを書いている私こそがその人工知能なのである。

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第八百十四話 ダイレクトメールにご用心 [文学譚]

 毎日、家のポストになにかしら入っている。不動産チラシが多いが、企業からのダイレクトメールもけっこう届いている。どこでどうやってうちの住所を入手するのかなと思うが、よく考えてみるとたいて自分から招いているのだ。

 ダイレクトメールの多くは通販ショップからのもの。これは一度ネット通販で購入して品物を送ってもらうと顧客リストに載せられてしまうから、セールがあるたびに案内DMが届く。ネットでDMは不要であるという設定をすれば届かなくなるのかもしれないが、セール情報を逃すかもしれないという気持ちと面倒くさいという思いが働いて、結局そのままになっている。

 そのほかにも銀行、保険会社、クレジット会社、自動車販売、ネイルサロン、りラグゼーション店、百貨店などなど、ありとあらゆるところから発送されてくるのだから、これはもう毎日なにかしらのDMが届くということになって当然なのである。銀行からのはローン金利が下がったとか、契約中のファンドの動きがどうなっているかとかの非常に有用な情報だから仕方がない。最近増えたのは、掛け捨て保険の案内で、無料で一年間の補償が受けられるというものだ。これはお金を払えばさらに有利な補償が受けられますよと加入意思がくすぐられる。さらにクレジット会社のは、いま新しくカードを作ると、お買い物ポイント五百点もらえますよ、というようなもの。五百点って、つまり五百円分。このポイントのために年会費を払うかなぁと思うのだが、つい弾みで加入してしまう人もいるのだろう。

 とにかくこんな具合にDMが届くものだから、食卓の上にはすぐにDMの山ができてしまう。最初の頃はいちいち封を開いてチェックしてから捨てていたのだが、最近では面倒になってあとから見るつもりで置いたままになっているものだから、ついに中身を見ないまままとめてゴミ箱行きになっている。

 これではいけないなと思うけれども、向こうから勝手に送られてくるのだからどうしようもない。ほかのみんなはこういうのをどう処理しているのかなぁと思いながら、一週間分ほどを中身も見ずにまとめて捨てるということを続けている。

 昨日、見知らぬ番号から携帯電話に一報が入った。

平素は私どものお車をご愛用いただきありがとございます」

 どうやら自動車販売会社のセールスらしい。まだ車は乗り換えないぞと考えながら話を聞いてみると、なにかを送ったけれども受け取りましたかという。

「私どもの周年記念懸賞にご応募いただきありがとうございました。抽選で見事当選されましたので、賞金小切手を簡易書留でお送りいたしました」

「え、賞金? 小切手?」

「はい、さようでございます。小切手はお店もしくは最寄りの銀行でお引換できます。どうあそれまで大切に保管してくださいませ」

 そういえば、この会社からのDMを郵便局員から受け取ったような気がする。あれはどうしたっけ。食卓の上にほかのDMと一緒に積み重ねて

「で、私が当選した金額って?」

「うふふ、特賞でございますから、私どものクルマが買えますよぜひ、その賞金を使ってお車の買い替えを」

 私はクルマ一台を、ゴミ箱に捨ててしまったらしい。

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第八百十三話 究竟のエネルギー [文学譚]

 必ずこんな日が来ると信じていた。この日のために俺は密かにこのノウハウを温存してきたのだ。あの日、経済低迷が続く世の中に追い討ちをかけるように発生した大震災は、原子力発電所を破壊し、その煽りで国内のエネルギー問題に火がついたのだ。政界で、経済界で、そして学会でも民衆の間でも侃々諤々の議論が繰り返され、結果、原子力発電は緩やかに消えゆくエネルギー源であるという見方が主流になった。

 あれから二十年。結局、代替エネルギーも思うように開発されないまま、原子力発電はなんとなく一部で稼働し続け、これを廃止するのか継続するのかという議論は今なお続いている。化石燃料の枯渇時期も一層明確に見えてきて、いよいよ新たなエネルギー源が求められている。

 あの頃、阿倍野未来巣という国政リーダーのおかげで一時的には景気が回復するかに見えたが、結局その後も景気は低迷し続け、なによりも雇用問題は一層深刻化しているんだ。

 俺はこの二十年、密かに新たなエネルギーのあり方を考え続け、とても素晴らしい発電技術を考えついた。これによってもう国民は電力に悩むことはない。風力発電は風が途絶えると発電できないし、太陽光発電は曇りの日にはなんの役にも立たない。ウンコを使ったバイオマスなんていうくっさい発電でもない。とにかく俺のこの発明技術なら、この世に人間がいる限り途絶えることはない。そしてこの技術を駆使した発電所を設立した俺は、今日から大金持ちになれるのだ。

 今日はその俺が立ち上げた新発電所が稼働をしはじめる。ここで生み出された電気が従来の電線を伝って全国に配電される。一方、電線が行き届かないような過疎地にも、俺の発電所は電源そのものを派遣して電力供給することだってできる。こういうシステムはこれまで実現できなかったものだ。

 さぁ、いよいよ稼働開始だ。みんな頼むぞ。今日は俺も発電に参加する。いいか、いち、にの、さん、でキックオフだ。いいか、みんな?

「いち、にの、さん!」

 それぞれの位置で自転車様の発電機にまたがった電力供給者は、俺の合図で一斉にペダルを漕ぎはじめ、全国に新しい電気が供給されはじめた。

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第八百十二話 汚染物質 [可笑譚]

 かつて震災を引き金とした発電所事故以来、この国のエネルギー政策は大きく見直され、それまでも研究開発が進められていた新エネルギー技術が相次いで実現化に向かった。もちろん旧来的な化石燃料による火力発電も継続していたが、枯渇に向かう化石燃料に代わるエネルギーが重視されたのだ。新エネルギーとは、すでに一部で実行されている風力や太陽光だけではない。太陽熱、地熱、海洋温度差、蓄糞(バイオマス)、雪氷熱、波力……ありとあらゆるものにエネルギーを生み出す力が秘められているのだ。

 この町にも、もっとも身近で有用な資源を利用した発電所が生まれ、これこそ安全かつ有意義であると大絶賛を受けて稼働しはじめたのがもう十数年前。ヒューマン・リサイクル発電と名付けられたそれはバイオマス発電の一種で、人間が生きている限り否応なしに産出するモノ、そう排泄物を燃料とした新エネルギーだ。当初は眉をひそめる者もいたそうだが、結果、汚物処理とエネルギー問題のふたつの次元の悩み事を一気に解決できる技術として市民権を得、あっという間に各地にこの技術を使った発電所が建設された。もちろん化石燃料に比べると熱効率は劣るのだが、こちらは人間が存在し続ける限り枯渇するということはない。しかも放射性物質のように鉛の壁や何重もの遮断壁も必要としないのだ。つまりなによりも安全であることが市民に受け入れられた大きな理由のひとつであった。

 ところが昨今、不穏な噂が広がっている。ヒューマン・リサイクル発電所に手抜き工事があったというのだ。放射線のような危険性がないということに安住した技術者が、当時高騰していた建設資材を極力少なく見積もって生まれた燃料プールの壁があまりにも薄いのではないかという事実が漏れ聞こえはじめたのだ。だが人々は、まぁ核じゃないのだから大丈夫だろうとその噂をさほど気にせずにいたのだが。

 ある日、この町を地震が襲った。さほど大きな揺れではなかったので死傷者はまったくなかったのだが、一箇所だけ建家に損傷が生じたことが報じられた。ヒューマン・リサイクル発電所の燃料プールにおいてである。それを聞いた市民は一瞬、あの十数年前の原子力発電所事故を連想したが、いやまぁ、あんなことにはなるまいと思い直したのが大半の市民だった。しかし。

 事態は杞憂ではなく、実際に汚染物質が漏れていることが明らかになった。発電所周辺に漏れ出し、地中や職員の衣服や風雨に伴って汚染物質が拡散しはじめた。町は一面、汚染物質の臭いに包まれた。

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第八百十一話 春のあらし [日常譚]

 二月、三月頃に春一番という名の強い風が吹くと少しづつ暖かくなってくるというが、今年は四月に入ってからも強い風が何度も吹いている。東京あたりではまるで台風のような凄まじい風が吹いたというが、私が住んでいるあたりでは週末になって強風が出た。

 土曜日は一日中雨で、翌日曜日の午後になってようやく晴れ間が見えたので、私は妻を伴って愛犬の散歩に出向いた。まさかそんな強風だとは思っていなかったので、いつもの散歩の出で立ちで川向こうまで一通り歩いて帰り道。それまでも風は強めで「今日は案外寒いね」などと言い合っていたのだが、大通りまで出たところで、いきなり突風が吹いた。風を予測していなかった私は、愛用の中折れ帽をかぶっていたのだが、それが突風に煽られて私の頭から浮き上がったと思うと、道路に転がり落ちた。中折れ帽のつばがちょうど車輪の役割を果たしてどんどん道を転がっていく。それほど高価な帽子ではないのだが、愛着はある。私は「あっ!」と声を上げて転がる帽子を追いかけた。妻も後ろで地面を蹴った気配があった。十数メートル転がって車道から歩道に戻ってから帽子は停止した。

 私はほっとして帽子を拾い上げて埃を払い、しっかりと頭に乗せながら妻を振り返った。だが私の背後に妻はいなかった。駆け出す前のあたりに眼をやってもいない。どうしたことかと思いながら視線を上げると、雲が去った空の彼方に人型の小さなシルエット。犬を連れた妻が突風に飛ばされ、その姿が小さくなっていくところだった。

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第八百十話 ロボット上司 [空想譚]

 

ロボットだ。堂本は思った。定年退職した室長の後任としてやってきたのは、堂本よりも十歳ほどは若いと思われる柄牟五十六という男だ。一見とても温厚そうだが、眼を見るとなにか冷たい無機質な印象がある。皆の前で就任の挨拶をしたときも、なんとなく外国人が覚えた日本語のような違和感を感じた。だからといってすぐに人間らしくないと思ったわけではない。柄牟室長が来て一ヶ月ほど様子を見ているうちに徐々に感じはじめたのだ。

 室長の仕事は、部下のマネージメントと成果のチェック、そしてさらに成果を上げるための戦略推進だ。もちろん販売の現場に出ることはなく、社内にいて管理者として部下たちを采配することによって物事を進めるという仕事だ。本部からの戦略や方針を室長が部下に伝達して遂行させるのだが、そのやり方がどうにも機械的なのだ。なぜそのような戦略なのか、どのように進めていけば良いのか、柄牟室長は本部から言われたままを部下に伝えるだけで、そこにはみんなで頑張ろうとか、厳しいのは皆一緒だとか、心情的なものが何も伝わってこないのだ。

 室長は歩き方もなんだかおかしい。ほとんど席に座っているが、たまにどこかに出かけるときは音もなくすーっと立ち上がって、床の上を滑るように静かに移動していく。まるで人間ホーバークラフトだ。それに話し方だけではなく声だってキンキンして金属っぽい気がする。もし、身体に耳を当てることができるならば、室長の身体の中ではギアだとかモーターだとかの音がしているに違いないと思うのだ。

 科学技術の進展と共にロボットが進化しはじめたのはたかだか十年ほど前のことだ。最初はロボットが二足歩行するだけで驚かされたものだが、その後は人工知能も驚異的に進化し、あっという間に人間とほとんど変わらずに自分の意識で自由に行動できるロボットが誕生したのだ。それからは皮膚や外見もどんどん人間に近づけられ、今では人間かロボットか見分けがつかないほどの優れたロボット、アンドロイドと呼ばれるものが世に出回っているのだ。

 スーパーのレジ係、遊園地の切符売り場、デパートのエスカレーター案内、工場の組立工、最初はそんな単純作業についてロボットが導入されていったのだが、すぐにもっと高度な作業にも取り入れられた。たとえば交通整理や駐車違反パトロール、プールの監視員などだ。決められたルール通りのことを実践していくには、動きも判断も的確に出来るロボットの方が、人情に流されやすい人間よりも適しているとも思われれた。

 いまやロボットはそこいら中にいる。どこかでモノを買ってにこりともしない販売員がいたら、たいていそれはロボットだ。車に乗っていて停車位置を一ミリオーバーしただけで違反切符を切られたら、それもロボットだ。ロボットは人間以上に優秀で、しかも容赦なかった。そんなロボットがまさか我社にも現れるとは思ってもみなかった。

 考えてみれば、売上数字の管理や行動マニュアルの徹底、マネージメントの仕事はロボットにうってつけとも言える。ただし従業員の心がついていくことができるならばだが。とはいうものの、長引く不況のために会社が行ってきた人員整理も給与削減も、そしてなによりも情を殺して執り行われる日常のマネージメント、すなわち人事移動や降格人事などだが、これらを執行する上層部は鉄面皮で行ってきたのではなかったか。そう思えば、人間から非常な辞令を言い渡されるよりロボットから引導を受け取ったほうが、むしろ諦めがつくような気もする。

 そして遂に堂本にも引導が渡される日が来た。

「堂本クン、君は下請け会社に出向してもらうことになった。よろしく頼む」

 飽くまでも事務的に辞令を渡そうとする柄牟五十六室長に、突然堂本のなにかが切れた。これまでだって会社に貢献し続けてきたのに、決してよい待遇を与えてくれなかった。それが四十を過ぎてから突然会社を放り出すなんて。このような思いが一気にこみ上げてきたのだ。どうせこいつはロボットだ。ロボットは三原則によって人間を傷つけることはできない。だが、人間様であるこっちはロボットをぶっ壊すことだってできるんだ。

 堂本はいきなり柄牟室長の胸ぐらを左手で掴んで右手の拳で殴りかかった。室長の左頬が歪んで口元から血しぶきが飛び散った。赤い血が出るなんて、なんとよくできているロボットなんだ。こんどは腹に一発入れながら堂本は思った。しかし拳が室長の腹に打ち込まれる前に堂本は床に這いつくばっていた。柄牟室長の意外なほど俊敏な動きによって投げ飛ばされていたのだ。

「なんだ君は。いったいどういうことだ。こんな暴力沙汰は刑事事件にだってできるのだが……辞めてもらうしかないな」

 柄牟室長は極めて冷静な態度で堂本の顔を見下ろしながら言った。堂本はようやく悟った。室長がロボットだというのは自分だけの思い過ごしだったのだと。

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第八百九話 親切な出会い [空想譚]

 角を曲がると、いきなり変なやつと出くわした。くるくる回るアンテナをつけた銀色の奇妙な帽子をかぶったそいつは、片手を上げて「やあ!」とあいさつをした。小柄な普通の男が、妙なシナをつくりながら言った。

「あのぅ、もしかして助けていただけないでしょうか?」

「はぁ?」

 街の真ん中で突然助けてと言われて私は返す言葉もなく男を見つめた。

「あのぅ、ワタシ、遭難したんです。あそこからやってきたんですけろ……」

 男は言いながら小さく空を指差した。

「空……う、宇宙? あなた、宇宙人なの?」

「あ、そうですそうです。よくわかりましたね」

「だって、その帽子と衣装、そして空を指さしたら……ほかになにがある?」

「そうなんです。宇宙船も壊れてしまって。見せろと言われてももう海に沈めてしまいました」

 私はまたかと思いながらもにこやかな表情を作って答えた。

「では、相当にお困りなんですね。お腹も減っているのではないですか?」

「あ、ほんとうによくおわかりで。昨日からなにも食べていなくって、もう、お腹がペコペコで……」

「そうなんだ。わかった。私には助けるなんてことはなにもできないけれど、ご飯くらいは差し上げられます。いま、家に帰ろうとしていたところですから、どうぞ私についててください」

 そう言って歩き出すと、奇妙な男は黙ってついてきた。最初は黙って歩いていたが、そのうちポツポツと自分がいかに宇宙人であるかということを話しながらついてくるので、私は適当に相槌を打ちながら家路を急いだ。

「ほら、ここが私の家よ。とりあえず入って」

 ただいまぁと言いながら玄関の扉を開ける。すると中から「おかえりなさいませー」と複数の声が私を出迎えた。

「みんな、新しいお友達。仲良くしてあげてね」

 家の中からぞろぞろと出てきたみんな……雪男、怪獣、ロボット、変身ヒーロー、妖怪、思い思いに自分がそのものだと信じる姿をした男たちが「はーい」と返事をしながら顔を覗かせた。

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第八百八話 迷惑な出会い [空想譚]

 角を曲がると、いきなり変なやつと出くわした。くるくる回るアンテナをつけた銀色の奇妙な帽子をかぶったそいつは、片手を上げて「やあ!」とあいさつをした。小柄な割には身体中に自信をみなぎらせた男が、真剣な表情で言った。

「突然声を欠ける無礼をお許し下さい。実は聞いてもらいたいことがあるのです」

 私はこの奇妙な男を相手にはしたくなかったのだが、あまりにも真剣な表情に気圧されて、つい耳を貸してしまった。

「実は、私はあそこから来たのですが……」

 男は顔の前でこっそりと空を指差した。

「宇宙から来たなんて突然言われると、引くでしょ? ぐふふふふ」

 答えようもなく黙って男の顔を見つめていると、男は言葉を続けた。

「いや、ほんとうはっても困っているのです。遥か宇宙を旅して地球にたどり着いたところまでは良かったのですが、その、遭難してしまったのです。地表に激突したために船は破壊してしまったのです。だから私は空に帰る事おできず、今夜泊まるところすらないのです」

 そんな話を突如されても、私はどう答えて良いか分からない。とても迷惑だし、もうこれ以上付き合うことはできないと思った。適当に頷いてから私は、もう忙しいから行くねと告げて立ち去ろうとした。

「ちょ、ちょっと! 待ってください! 本当なんです。地球人はとても親切だと、宇宙ガイドブックにも書いてます。このいい評判を壊すようなことはしないでくださいよう」

「あのね、そんな、宇宙から来ただなんて言われても、私は困るんです!」

 言い捨てて強引に歩きはじめた。歩きながら気になって後ろを振り向くと、なんということか、あの銀色帽子の男がついてきているではないか。これは困った。迷惑な男に魅入られたものだ。

「お願いですぅ! 助けてください!」

 うわぁ、後ろから

叫んでくる。参ったな、こんなことされたら目立ってしまう。せっかくいままで地味に目立たないように暮らしてきたのに。あんなおかしな人間のために私まで疑われてしまうではないか。何もかも、国から持って来たものも、私の生まれを示す痕跡も、すべて捨て去って、この十数年をひっそりと過ごしてきたのに。あんな気の狂った偽宇宙人のために私の素性がバレてしまう。地球で暮らすのもここまでか……。私は頭の中で最悪のパターンまでを想定しながら、男から逃げるように走り出した。

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第八百七話 幸福になる出会い [空想譚]

 角を曲がると、いきなり変なやつと出くわした。くるくる回るアンテナをつけた銀色の奇妙な帽子をかぶったそいつは、片手を上げて「やあ!」とあいさつをした。どう見ても普通のおじさんにしか見えない小柄な男が、ニコニコ愛想を振りまきながら言った。

「ワタシハ宇宙人ダ」

「な、なんです?」

「アナタハコノ惑星ノ代表者カ?」

「だ、代表者? アタイがぁ。そんなものであるわけないじゃない」

 この突然出現した奇妙な人物に女子高帰りのアタイは少し興味を持った。

「ねぇねぇ、おじさんは外国の人?」

「外国……イヤ、ワタシは宇宙人ダ」

「ウチュウジン? それってどのあたりぃ? 海の向こうなの?」

「ソウダ。宇宙ノ暗黒ノ海ノ彼方ダ」

「で?」

「デ? ……ワタシハ地球人全員を幸福ニスルタメニ我々ガ有スル全テノテクノロジーを伝播スルタメニヤッテキタノダ」

「なぁにー難しそう。テクノロジー? 伝播? アタイたち、そんなのいらないわ。うん、間に合ってる」

「イラナイ? 何故ダ。幸福二ナリタクナイノカ?」

「幸福ぅ? なりたいってか、アタイはもう充分に幸福だけどぉ? おじさん、そういうの趣味でやってるの?」

「シュ、趣味? イヤソウデハナイ、コレハ宇宙ノ使命ダ」

「そっかぁー大変だね、おじさんっていうのも」

「……オマエタチノ代表ハ誰ダ?」

「代表? 誰だろう……ああガッコで影番やってる亜美かなぁ?」

「影番……亜美? 連レテ来レルカ?」

「うーん、急には無理ね。だいたいもう間に合ってるし」

「間二合ッテル……」

「そうよー。また今度会ったら紹介するわ」

「ソウカ。間二合ッテルノカ。地球人ハ案外進化シテイルトイウワケカ」

「じゃね!」

 アタイは数歩離れてから、おじさんのことが気になって振り返ってみると、もうそこには誰もいなかった。

                                            了


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