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第八百五話 やり過ぎ鉄ちゃん [文学譚]

 

 仕事でちょくちょく新幹線を利用することがあるのだが、いささか面倒臭く思うのが、乗車チェックというやつだ。こちらはきちんと切符を購入して乗っているのにもかかわらず、本当に切符を持っているのか確かめに来るあれだ。

 

 乗ってすぐならまだ切符を手に持っているからすぐに見せることができるのだか、乗車してしばらくするとこちらはすっかりくつろいでいて、切符などポケットかどこかにしまってしまっているのに、切符を拝見したいという。ひどいときには疲れて眠っているのに、どこにいれたかわからない切符を見せろと座席の横に突っ立っているのである。そんなときには少々不機嫌な顔をして車掌の顔を睨みながら切符を突きつけることになってしまうのである。

 ほら、今日もやって来た。お疲れのところ、切符を拝見させていただきます。この台詞を耳にするのも久しぶりだ。なんせ最近の車掌は、もうわかっているでしょうとばかりに、なにも言わずに目の前に立つのだから。制服を着て帽子をかぶった車掌は前の方から順番に直前の駅で乗った客の席へやって来て、切符を調べている。まもなく私のところにもやって来て、私が切符を出すのを待っている。今回は比較的早い段階で車掌が来たので、私はポケットに入れたばかりの切符を黙って差し出した。これでこちらとしても大きな顔をして眠ることができるというものだ。

 しばらくしてうとうとしはじめたころ、私は何者かに起こされた。目を開くと席の横に制服を着た車掌が立っている。

「お客様、切符を拝見いたします」

おや? それはさっき・・・・・・はて? 夢でも見ていたのか? 私はすでに車掌が来て切符を見せたと告げると、そんなことはない、車掌は自分であり、いまはじめて拝見しているところだという。いやいや、数十分前に確かに。何度か言い合ったあと、車掌は困った顔をして言った。

「困りましたねぇ。お客様、どうやらまた偽物が現れたようです」

 車掌が言うには、ときどき妙な乗客が現れて困っているのだそうである。上から下まで車掌と同じ衣装を用意して、すっかり車掌になりきって乗客の切符を拝見して回るのだそうだ。おそらく鉄道マニアが高じてしまった人だろうと思われるのだか、人の切符を騙し取るわけでも、誰かを傷つけるわけでもないので、公安も困ってしまっているという。

 車掌は私に切符を返しながら言った。

「もしまた現れたら、私に通報していただけますか?」

 変わった人間がいるものだなあと半信半疑になりながら、私は車掌に頷いた。

 しばらくして後方から車内販売員の声が聞こえた。喉の渇きを覚えていた私は、ビールを買おうと思って振り返った。

「すみませーん」

 車内販売のカートを押して近づいて来る大柄な女性姿の販売員は、車掌の衣装で最初に現れたあの男だった。

                                   了


 

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