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第七百九十八話 雲の上の記憶 [文学譚]

  世の中 にはとんでもない物知りがいるものだ。こないだもテレビを見ていたら、ブレイク前の若手芸人なんだけれども日本の歴史について博学で、日本中のどの町につ いても過去にそこで起きた歴史的事件や人物についても蘊蓄を語ることができるという。頭の悪い私には想像もつかないような能力だ。

  何もテ レビの中に限ったことではない。私の近隣にも負けないくらい物知りな人間がいる。雲野憶太だ。かれはジャンルを問わず博学だ。政治の話をすれば歴代政治家 の話、宇宙の話をすれば天文学的に豊富な星座の話、音楽についてはパンクからクラシックまで、鉄道については国内津々浦々にある駅名まで、ありとあらゆる 方面について誰も知らないような情報を提供してくれる。いったい彼の頭の中はどうなっているのだと思うのだ。

  ところがあるとき、雲野と地 下街を歩いていて奇妙なことに気がついた。雲野は地下ではほとんどしゃべらないのだ。歩きながらいつものようになにかについて訊ねても「ちょ、ちょっと 待ってくれ」と言ったきり黙ってしまって、あの豊富な博学知識が飛び出てこないのだ。地上に上がるとにわかに元気になって「何? さっき名にを聞いたっ け?」と訊ね返してきて、それからはまた饒舌になって訊ねた事柄についての蘊蓄をどんどん話しだすのだ。

「雲野、ちょっと不思議に思っているのだけれど……」

 私はとうとう疑問に思っていたそのことを雲野に訊ねてしまった。するとしばらく黙って考えていた雲野は、意を決したような顔つきをして私に言った。

「あのね、他の人には黙っていてほしいんだ。君だから教えるけどね」

 そのとき初めて彼の豊富な知識の秘密を知ることになった。彼の蘊蓄は頭の中に溜まっていないのだという。なぜ、いつ、そのようになったのかはわからないが、雲野の知識はどこかと老い空の上から電波のようなもので届けられるのだという。

「なに、それ。それって近頃話題のクラウド的な?」

 最近でこそ、インターネット領域に於いてはクラウドなんていう言葉で語られる遠隔ストレージが普及しているが、実は雲野の知識もそれと同じなのだという。

「そうなんだ。物心ついた頃にはそうなってた。ただ、残念なことに地下だとか、何か閉ざされた場所とかでは、その天からの情報が届かない」

「とても信じられないな。雲野、もしかして君は宇宙人か?」

「まさか。アホなことを言うでない。ところで、君も僕と同じような能力を身につけられるとしたら、どうする?」

「どうするって……急に聞かれてもなぁ……僕は馬鹿だから、そういうのできたらうれしいかも」

「そうか、それじゃぁ、雲の上の知識に聞いてみよう、君にも同じ知識をとどけられるかどうか」

「ほんと? そんなことできるんだ?」

 しばらくして雲野が難しい顔をして口を開いた。

「あのな、不可能ではないらしいよ。だけどな、その準備として僕がこれまでやってきたように、数多くの本を読み、様々な分野の事柄を勉強しなければならないようだ」

「なんだって? どういうこと?」

「要は、知識は最初から雲の上にあるのではなくって、自分で頭の中にインプットしたものだけが貯蔵されるってこと。ネットのクラウドだってそうだろう? クラウドストレージの中は最初は空っぽだ。ユーザーがその中に様々なデータを入れて初めて焼くに立つんじゃないか」

「てことは、雲野も?」

「当たり前じゃない。僕は物心ついたころからいろんな本を読み、あらゆる方面の勉強をして、そうした情報を天の上の記憶領域に蓄えてきたんだよ」

 結局僕は担がれていたようだ。雲野はただの超勉強家だったのだ。

                                     了


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