SSブログ

第八百十一話 春のあらし [日常譚]

 二月、三月頃に春一番という名の強い風が吹くと少しづつ暖かくなってくるというが、今年は四月に入ってからも強い風が何度も吹いている。東京あたりではまるで台風のような凄まじい風が吹いたというが、私が住んでいるあたりでは週末になって強風が出た。

 土曜日は一日中雨で、翌日曜日の午後になってようやく晴れ間が見えたので、私は妻を伴って愛犬の散歩に出向いた。まさかそんな強風だとは思っていなかったので、いつもの散歩の出で立ちで川向こうまで一通り歩いて帰り道。それまでも風は強めで「今日は案外寒いね」などと言い合っていたのだが、大通りまで出たところで、いきなり突風が吹いた。風を予測していなかった私は、愛用の中折れ帽をかぶっていたのだが、それが突風に煽られて私の頭から浮き上がったと思うと、道路に転がり落ちた。中折れ帽のつばがちょうど車輪の役割を果たしてどんどん道を転がっていく。それほど高価な帽子ではないのだが、愛着はある。私は「あっ!」と声を上げて転がる帽子を追いかけた。妻も後ろで地面を蹴った気配があった。十数メートル転がって車道から歩道に戻ってから帽子は停止した。

 私はほっとして帽子を拾い上げて埃を払い、しっかりと頭に乗せながら妻を振り返った。だが私の背後に妻はいなかった。駆け出す前のあたりに眼をやってもいない。どうしたことかと思いながら視線を上げると、雲が去った空の彼方に人型の小さなシルエット。犬を連れた妻が突風に飛ばされ、その姿が小さくなっていくところだった。

                                       了


読んだよ!オモロー(^o^)(2)  感想(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。