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第八百二十話 博士の好奇心 [文学譚]

 ノベール全科学賞を受賞した小野寺教授のところに報道陣が集まっていたが、メディア嫌いの博士は全社とはあいたうないということで、メディア一社が代表して取材を行うことになった。その大役を引き受けることになったのは、浅目新聞の軽口記者だった。

「博士、この度はおめでとうございます。この度新設され、日本人初の受賞となりましたが、いまのお気持ちはいかがですか?」

「うふぉん。別に、どうもないよ。なにも変わらん」

「なにも変わらんって……博士にとって大きな名誉なのでは?」

「名誉? わしゃ、そんなもんいらん。わしは知りたいことを追求しておるだけじゃ」

「なるほど。では、博士がこの偉大な賞を獲得できたのはなぜだと考えていらっしゃいますか?」

「なぜだと? 当たり前ではないか。偉大な賞に似つかわしいのは偉大な研究を行っておる偉大な者だけじゃからな」

「なにか、秘訣のようなものがあるのでしょうか?」

「ふふん。秘訣などない。チャンスは誰にでもあるのじゃ。そして研究を続けていくその原動力は、誰でも持っておる好奇心じゃ」

「好奇心……ですか」

「そうじゃ。人は好奇心によって時代を拓き、進歩していくのじゃ」

 好奇心について力説する教授の話をきいているうちに、この教授の好奇心はどれほどのものなのだろうかと軽口記者は考えた。普段の教授の姿を知るなら、隣で大きく頷きながら話を聞いている小野寺婦人に聞いてみるのがいいかもしれない。

「奥様、教授は研究の原動力は好奇心だとおっしゃってますが、ほんとうですか?」

「ええ、その通りですわ。小野寺は人一倍好奇心が強く、一度興味を持ったものはとことん追求しますの。ですからいったん研究室に入ったら、二、三週間出てこないことだってありますのよ」

「二、三週間……好奇心追求のためにですか……」

「その通りですの」

「いったい博士のような方は、どんなことに興味を持たれるのでしょうね?」

「そりゃぁもう、ありとあらゆることに」

「ありとあらゆることに……たとえば、科学以外の事柄であっても?」

「ええ、そうですわ。小野寺はどんなものにでも子供のように興味を持ち、いったん興味を持ったらそこに向けられた好奇心はとことんまで追求しょうとするのですよ」

「ははぁ。それじゃぁ、たいへんですね。なんにでも好奇心を持つとしたら」

「ええ、ですから、科学以外のものは遠ざけて、興味を持たないようにするのが私の役割ですの」

「ほぉ。遠ざける……試しにちょっと聞いてもいいですか?」

 婦人が止める間もなく軽口は、最近流行りのアイドル前田前子がどうして人気グループMMB48を脱退したんでしょうねえと聞いてみた。最初はなんのことかと不審な表情をしていた教授は、軽口が差し出した週刊誌に眼を通し、前田前子の写真を眺めて、鼻をフンと鳴らした。これは教授が好奇心を発揮しはじめる時の癖らしい。

「ふぅむ、おもしろい。これは人類の心理を探る手がかりになるかもしれんぞ」

 そう言ったきり、教授は週刊誌を手に研究室にこもってしまった。婦人は最初は軽口を睨みつけていたが、すぐに諦め顔で、もうお引き取りくださいと言った。

 三ヶ月後、MMB48のステージで若者たちに混ざって両手を振り上げて騒いでいる初老の男の姿がtった。もちろん小野寺教授だ。手にはいくつものCDやグラビア本を握り締め、眼を血走らせてステージの上で歌い踊るアイドルと共に身体を動かしている。ときにはメンバーの名前を叫ぶほどの熱狂ぶりだ。いまの小野寺教授はもはやノベール賞を受賞した大教授とは思えない。ただの熱狂ファンだ。

 研究者の行動と、アイドルファンの行動は、まったく違うもののように見えるが、彼らを動かしている原動力は同じなのかもしれない。対象物をもっと知りたいもっと追求したいという気持ち、それが好奇心というものなのだから。

                                            了


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