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第八百三話 りありてぃ [文学譚]

 息子のことで謝罪に出向いたOyajiであったが、これだけ平身低頭してなお頑なに異議を言い続ける相手の態度に怒り心頭に発し、道場破りよろしくその家の玄関をぶち破ってドアを剥ぎ取り、小脇に抱えて持ち去ったのであった。

 そこまで読んだ老師が言った。

「なんじゃこれは。こんなこと有り得ないのではないかな?」

 俺は老師の言葉が理解できずに聞き返した。

「有り得ない……と申されますと?」

「なんじゃ、お前、わからんのか。怒り心頭に発したとしてもじゃな、道場破りよろしく玄関をぶち破りじゃと? ドアを剥ぎ取ってじゃと?」

「ええ、そのとおりですが……」

「どこのどいつがこんな馬鹿力を発揮できるというのじゃ! こんな記述にはリアリティがない! こんなもの、誰も本当だと思わんのではないかな?」

 俺の目は丸くなって老師の顔色を伺った。この爺さんのいうことは、いつも十中八九正しいのだ。老師というのは薬師寺勘三郎。シナリオ界のドンである。もっともこの近辺においてだが。一年前にこれまた一念発起してシナリオ書きを目指す決心をした俺が数少ない人脈を探り、あっちこっちに頭を下げてようやくたどり着いたのがこの爺さんだ。老師はいまでこそ一線を退いているとはいうものの、一昔前のこの街では知らぬものなどいないというほどの業界人で、数々のドラマの脚本を書き、この街のあらゆるテレビ局から大先生と呼ばれていた人だ。そんな人に弟子入りを頼んでもよもや受け入れてもらえないだろうと思いつつも、ダメ元だと意を決して飛び込んだところ、ひとつ返事で弟子入りさせてくれたのだった。あとで知ったことだが、引退後何年か過ごしていたが、あまりの暇さに飽きがきていたからというのが、快諾の理由だったようだ。

 その老師に、俺は自分が書いた作品を見せて指導を受けているわけだが、まだ物語がはじまって間もないところ、原稿の三枚目にも達しないところですでにいくつものダメだしをくらってしまっていたのだが、その中で最もきつい調子でしてきされたのがこのリアリティに欠けるという部分だったのだ。眼を白黒させながらしばらく考えた俺は、老師に向かって文句を言った。

「老師、リアリティがないといっしゃいますがね、この話のここのところは、実話に基づいてます怪力だった俺の父様がほんとうにこんなことをしたのです。それでもリアリティがないとおっしゃいますか?」

「馬鹿者! リアルとリアリティは違うということが、まだ分かっていないのじゃな?」

「り、リアルと、リアリティ?」

「そうじゃ。ところでお前さん、そこの棚のところにバナナがあるな。見えるな?」

「バナナ? はぁ……」

「ひとつは黒くなりはじめておる。もうひとつはちょうどいいくらいの黄色い輝きを見せておるな」

「は、はい」

「で、お前さんにひとつやろう。どっちがいいかな?」

「はぁ、では、右側のいい色の方を」

「では、こっちの黒くなりはじめているのはわしがいただくとするかな。お前さんはそっちをいただきなさい」

 老師は左の傷みかけたバナナに手を伸ばして、チンパンジーのような手つきで食べはじめた。俺も少し腹が減ってきていたので、いいほうをいただこうと手を伸ばしたが、指先はバナナを突き抜けてしまった。

「あ、あれ、あれ?」

 老師は俺の手つきに吹き出してしまった。

「ふえっふえっふえっ。どうじゃ、取れんじゃろう。それもそうじゃ。それは偽物じゃ」

「偽物たって……触れることもできません」

「そりゃそうじゃ。そっちのは3Dホログラムで映し出されたものじゃ。わしが食っておるこのバナナの三日前の映像じゃ」

「ス、スリーD? なんで?」

「それは最近出回っておるオモシロ装飾品じゃな。どうじゃ、おもしろいじゃろう」

「で、それがなにか?」

「そこまで見事に表現できれば、偽映像でもリアリティがあるじゃろうが」

「あ、そこに話がいきますか」

「そうじゃ。この本物のバナナよりも、そっちの3D偽バナナのほうが美味そうに見えたのじゃろうが」

「え、ええ、まぁ。そういうことになるのかな」

「そういうことなのじゃ。お前さんが書いたここの部分は、リアルに基づいているかもしれん。じゃが、それはお前さんが見た聞いた時点ではリアルじゃったかもしれんがの、それはもうこっちのバナナ以上にまっくろけになって腐って、もはや美味しそうなバナナには「とても見えんのじゃ」

「なるほど。わかったような、わからないような……」

「なぬ? わからん?」

「い、いえ、わかりました! では、ここのところをどのようにすれば?」

「じゃから、リアルそのままではなく、リアリティのある表現が必要なのじゃ」

「つまり?」

「つ、つまりじゃなぁ……」

 老師はデジタルカメラを取り出して、部屋の扉を撮影したあと、先ほどのホログラム機に画像データを流し込んだ。すると、さっきはバナナがあったところに、小さなドアが立ち上がった。

「ほれ、こんな風にすれば、ほれ、ほんもののドアがそこにあるように見えるじゃろう」

「はぁ。しかし、小さいですな」

「バカモン! 小さいのはお前さんの筆力じゃ! ももも、もっとしっかり勉強せい!」

 老師の言うことは十中八九正しい。だが、残りの一つは、いつもなんだか少ししっくりこない例え話で終わるのだった。

                                了


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