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第八百話 ロコモ [日常譚]

「あいたたた」

 若い頃は足も早かったし、少々の運動は苦にもならないタイプだったのに……いつの頃からか、すっかり身体を動かさなくなった。そのせいなのかどうかはわからないが、おそらく運動不足がたたって、身体のあちこちが不平不満を訴えるようになったのは、数年前だ。いまだってベッドから起き上がろうとしただけで、腰のあたりに痛みが走ったのだ。

「こりゃいかん。腰を言わしてしもうたら、何もできなくなってしまう」

 何かと用心深い王爺さんはすぐに医者に見てもらった。

「ふんふん、まぁ、加齢と運動不足によるものですな。年をとれば仕方がないものです。だけども中には動けなくなってしまう人もいますからな、充分用心して、適度の運動をするようん」

「で、先生、これは病気なんですか?」

「いやまぁ、言いましたように、病気っちゅうか、加齢によるものでした……」

「でも、ある種の病気なんでしょうが」

「病気だと言ってほしいのかな?」

「その、なんか病名がないと、なんとなく頼りなくて……」

「まぁ、名前をつけるなら、ロコモーティブ・シンドローム予備軍かな」

「ロコモーティブしんど……」

「そう、ロコモーティブ」

 帰り道々、爺さんはロコモーティブという言葉を反芻しているうちに、とても懐かしい気持ちになった。そうか、ロコモーティブか。わしはロコモーティブ・シンドなんとかじゃ。ゆっくり歩いて家の前までたどり着いた時には、軽く踊りながら歩いていた。まるで若い頃よく踊っていたあのツイストのステップのように。もちろん、頭の中で流れているのは、そして軽く口ずさんでいるのは、若かりし六十年代のあのヒット曲だ。

 爺さん、腰が悪かったのも忘れて扉の前で踊りだす。

♫カモン・ベイビー・ドゥー・ザ・ロコモーション!

                               了


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