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第八百十話 ロボット上司 [空想譚]

 

ロボットだ。堂本は思った。定年退職した室長の後任としてやってきたのは、堂本よりも十歳ほどは若いと思われる柄牟五十六という男だ。一見とても温厚そうだが、眼を見るとなにか冷たい無機質な印象がある。皆の前で就任の挨拶をしたときも、なんとなく外国人が覚えた日本語のような違和感を感じた。だからといってすぐに人間らしくないと思ったわけではない。柄牟室長が来て一ヶ月ほど様子を見ているうちに徐々に感じはじめたのだ。

 室長の仕事は、部下のマネージメントと成果のチェック、そしてさらに成果を上げるための戦略推進だ。もちろん販売の現場に出ることはなく、社内にいて管理者として部下たちを采配することによって物事を進めるという仕事だ。本部からの戦略や方針を室長が部下に伝達して遂行させるのだが、そのやり方がどうにも機械的なのだ。なぜそのような戦略なのか、どのように進めていけば良いのか、柄牟室長は本部から言われたままを部下に伝えるだけで、そこにはみんなで頑張ろうとか、厳しいのは皆一緒だとか、心情的なものが何も伝わってこないのだ。

 室長は歩き方もなんだかおかしい。ほとんど席に座っているが、たまにどこかに出かけるときは音もなくすーっと立ち上がって、床の上を滑るように静かに移動していく。まるで人間ホーバークラフトだ。それに話し方だけではなく声だってキンキンして金属っぽい気がする。もし、身体に耳を当てることができるならば、室長の身体の中ではギアだとかモーターだとかの音がしているに違いないと思うのだ。

 科学技術の進展と共にロボットが進化しはじめたのはたかだか十年ほど前のことだ。最初はロボットが二足歩行するだけで驚かされたものだが、その後は人工知能も驚異的に進化し、あっという間に人間とほとんど変わらずに自分の意識で自由に行動できるロボットが誕生したのだ。それからは皮膚や外見もどんどん人間に近づけられ、今では人間かロボットか見分けがつかないほどの優れたロボット、アンドロイドと呼ばれるものが世に出回っているのだ。

 スーパーのレジ係、遊園地の切符売り場、デパートのエスカレーター案内、工場の組立工、最初はそんな単純作業についてロボットが導入されていったのだが、すぐにもっと高度な作業にも取り入れられた。たとえば交通整理や駐車違反パトロール、プールの監視員などだ。決められたルール通りのことを実践していくには、動きも判断も的確に出来るロボットの方が、人情に流されやすい人間よりも適しているとも思われれた。

 いまやロボットはそこいら中にいる。どこかでモノを買ってにこりともしない販売員がいたら、たいていそれはロボットだ。車に乗っていて停車位置を一ミリオーバーしただけで違反切符を切られたら、それもロボットだ。ロボットは人間以上に優秀で、しかも容赦なかった。そんなロボットがまさか我社にも現れるとは思ってもみなかった。

 考えてみれば、売上数字の管理や行動マニュアルの徹底、マネージメントの仕事はロボットにうってつけとも言える。ただし従業員の心がついていくことができるならばだが。とはいうものの、長引く不況のために会社が行ってきた人員整理も給与削減も、そしてなによりも情を殺して執り行われる日常のマネージメント、すなわち人事移動や降格人事などだが、これらを執行する上層部は鉄面皮で行ってきたのではなかったか。そう思えば、人間から非常な辞令を言い渡されるよりロボットから引導を受け取ったほうが、むしろ諦めがつくような気もする。

 そして遂に堂本にも引導が渡される日が来た。

「堂本クン、君は下請け会社に出向してもらうことになった。よろしく頼む」

 飽くまでも事務的に辞令を渡そうとする柄牟五十六室長に、突然堂本のなにかが切れた。これまでだって会社に貢献し続けてきたのに、決してよい待遇を与えてくれなかった。それが四十を過ぎてから突然会社を放り出すなんて。このような思いが一気にこみ上げてきたのだ。どうせこいつはロボットだ。ロボットは三原則によって人間を傷つけることはできない。だが、人間様であるこっちはロボットをぶっ壊すことだってできるんだ。

 堂本はいきなり柄牟室長の胸ぐらを左手で掴んで右手の拳で殴りかかった。室長の左頬が歪んで口元から血しぶきが飛び散った。赤い血が出るなんて、なんとよくできているロボットなんだ。こんどは腹に一発入れながら堂本は思った。しかし拳が室長の腹に打ち込まれる前に堂本は床に這いつくばっていた。柄牟室長の意外なほど俊敏な動きによって投げ飛ばされていたのだ。

「なんだ君は。いったいどういうことだ。こんな暴力沙汰は刑事事件にだってできるのだが……辞めてもらうしかないな」

 柄牟室長は極めて冷静な態度で堂本の顔を見下ろしながら言った。堂本はようやく悟った。室長がロボットだというのは自分だけの思い過ごしだったのだと。

                              了


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