第八百十二話 汚染物質 [可笑譚]
この町にも、もっとも身近で有用な資源を利用した発電所が生まれ、これこそ安全かつ有意義であると大絶賛を受けて稼働しはじめたのがもう十数年前。ヒューマン・リサイクル発電と名付けられたそれはバイオマス発電の一種で、人間が生きている限り否応なしに産出するモノ、そう排泄物を燃料とした新エネルギーだ。当初は眉をひそめる者もいたそうだが、結果、汚物処理とエネルギー問題のふたつの次元の悩み事を一気に解決できる技術として市民権を得、あっという間に各地にこの技術を使った発電所が建設された。もちろん化石燃料に比べると熱効率は劣るのだが、こちらは人間が存在し続ける限り枯渇するということはない。しかも放射性物質のように鉛の壁や何重もの遮断壁も必要としないのだ。つまりなによりも安全であることが市民に受け入れられた大きな理由のひとつであった。
ところが昨今、不穏な噂が広がっている。ヒューマン・リサイクル発電所に手抜き工事があったというのだ。放射線のような危険性がないということに安住した技術者が、当時高騰していた建設資材を極力少なく見積もって生まれた燃料プールの壁があまりにも薄いのではないかという事実が漏れ聞こえはじめたのだ。だが人々は、まぁ核じゃないのだから大丈夫だろうとその噂をさほど気にせずにいたのだが。
ある日、この町を地震が襲った。さほど大きな揺れではなかったので死傷者はまったくなかったのだが、一箇所だけ建家に損傷が生じたことが報じられた。ヒューマン・リサイクル発電所の燃料プールにおいてである。それを聞いた市民は一瞬、あの十数年前の原子力発電所事故を連想したが、いやまぁ、あんなことにはなるまいと思い直したのが大半の市民だった。しかし。
事態は杞憂ではなく、実際に汚染物質が漏れていることが明らかになった。発電所周辺に漏れ出し、地中や職員の衣服や風雨に伴って汚染物質が拡散しはじめた。町は一面、汚染物質の臭いに包まれた。
了