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第七百六十四話 銀行サービス [妖精譚]

 近頃の店舗サービスは、どこもここもデジタル機器による省人力化が進んでいるようだ。最も早かったのは銀行のキャッシュディスペンサーではないかと思うのだが、そのうち電車の切符売り場やパチンコ店の貸し玉サービス、最近では映画館のチケットも無人になった。
 さらに驚いたのは、銀行窓口の遠隔サービスだ。そもそも銀行のサービスは家でパソコンによって操作できるようになって久しいが、住宅ローンの相談などは、やはり銀行員と直に会って話を聞きたいと思うのだ。だから最寄りの銀行に出向いて自動の機械から整理券を受け取ってしばし待った。すると、整理券ナンバーで呼び出されて、窓口のところに座ると、受付嬢ではなくテレビモニターが私を迎え入れた。
 モニターに「受付ボタンを押してください」と書いていたので、私は人差し指でモニター上のボタンを押した。しばらくお待ちくださいというメッセージの次に、ご相談内容をお選びくださいという文言が表示され、その下にいくつかの選択肢が提示された。
 1.一般ローンのご相談
 2.住宅ローンのご相談
 3.マイカーローンのご相談
 4.学資ローンのご相談
 5.その他のご相談
 私は住宅ローンの借り換え相談をしたかったので、素直に二番を押すべきだった。だが、生来好奇心旺盛な私が押したのは、五番だった。その他のご相談とはどういうものかを知りたかったのだ。その内容がわかれば、その時点でまた引き返して二番の住宅ローンを選び直せばいいと思ったのだ。
 五番を押すと画面が変わり、新たな選択肢が提示された。
 1.資産運用のご相談ですか? その場合は隣の窓口にお移りください。
 2.資産獲得のご相談ですか? 
 うん? 運用する資産など持っていない。どちらかというと、その資産というものが得られればいい。そう思った私は迷わず二番を押す。
 1.今すぐお金が必要ですか?
 2.宝くじを購入しますか?
 なんだこれは。そういえばこの銀行は宝くじも扱っているのだった。だが、当たったことのない宝くじ丹など興味はない。一番を押してみる。
 1.お金を借入れますか? その場合は最初の画面まで戻って「一般ローン」をお選びください。
 2.お金を奪いとりますか?
 なんだこれ。奪い取るって……そんなことできるのだろうか。二番を押してみる。
 1.何か武器をお持ちですか?
 2.丸腰ですか? その場合は上着のポケットなどに手を入れて、何かを持っているフリをしてください。
 二番を押して、左手を上着のポケットに突っ込む。
 1.全員床に伏せてもらう。
 2.全員手を上げて壁に沿ってならんでもらう。
 どっちでもいいと思ったが、一番を選ぶ。すると、モニターの後ろに広がる事務所の銀行員たちが一斉にデスクを離れて床に伏せた。その後もいくつかの選択肢を選び、気がつくと私は上着のポケットに突っ込んだ手をそのまま振り上げながら、銀行事務所の中央にあったデスクの上に仁王立ちになっていた。表がいやに騒がしい。パトカーのサイレン音まで聞こえる。なんだ? 一体何が起きているのだ? 
「銀行は既に包囲されている。直ちに人質を解放して籠城をやめなさい」
 表にいる誰かが拡声器を使って叫んでいる。どうしたのだろう。人質がいるのか? どこに?誰かが籠城しているのか? 私は一瞬ここがどこだかわからなくなったが、直ぐに銀行であることを思い出した。そうか、私は人質になってしまったのか? いつの間に? 犯人はどこだ? 私は元いたモニターのところに戻って、疑問に思ったことを検索してみようと思ったのだ。だが、モニター上に提示されている選択肢は二つだった。
 1.人質を半分解放して、逃走用の車を用意してもらう。
 2.直ちに人質全員を開放して、刑務所に入る。
 け、刑務所? 誰が? 私か? 私が犯人なのか? 震える指で一番を押す。
 1.食事と熱い飲み物を用意させますか?
 2.空腹のまま我慢しますか?
 そういえば腹が減っている。一番。
 なぜ、こんなことになってしまったのか分からない。私はいつの間にか銀行強盗籠城犯人に仕立て上げられてしまったらしい。いざとなったら最初の画面に戻って選び直せばいいと思っていた。だが、モニター画面には戻るというボタンはどこにもないのだ。私は一方通行の選択を続けてしまったらしい。ええい、ままよ。わけが分からないままとはいえども、自分で選んだのには違いない。このまま取れる金を奪って……いや、獲得して、人質と呼ばれている中の誰かを盾に逃げてやろう。きっとなんとかなる。いや、なんとかせねば。これは私がしでかしたことではない。銀行に仕立て上げられたのだ。そうならまんまとその手中に入って、役割を演じ遂げてやろうではないか。
 私は再び事務所中央のデスクの上に立った。床に伏せた銀行員が上目遣いにこちらを見ている。もう少し驚かしてやらないとな。
「金をよこせ! 一億、いや、三億だ!」
 ポケットに入れた左手を振り上げてできる限りの大声で吠えてみせた。
                                         了
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