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第七百四十七話 照射日和 [文学譚]

「おいっ、おまえ! 何してる?」

「はっ。ミサイル砲を磨いているであります!」

「貴様! そんなことは、出動前にやっておかんか! いまここは、最前線だ

ぞ。こんなときに手入れなど、しているときではないっ」

「はっ。しかし、いまは特に指令も出ておりませんので」

「貴さんっ、口答えするのか? 手入れなとしているときに、敵が攻撃してき

たら、貴様はどうするつもりかっ!」

「はっ。急いで銃器を元通りにして、備えます」

「馬鹿っ。それでは間に合わん! 今すぐ、一秒で応戦せねば、やられてしま

うではないかっ」

「はっ。申し訳ありません」

「今すぐ、臨戦体制が取れるようにするのだ」

「はっ」

 東シナ海領域を視察するために海軍艦艇に乗り込んだ黄大佐は、もともと船

内の緩い空気に苛立ちを感じていたのだが、船内巡回中にこの砲打室へやっ

て来たのだったが、兵士が銃器を砲台から外しているのを見て、怒りを爆発さ

せたのだった。現場叩き上げの大佐にとって、ミサイル砲は、我が子のような

ものだ。兵士が元通りに設置し終わるのを見て、どれ、見せてみいとばかりに

照準器を覗き込んだ。

「貴様。これをちゃんと使いこなせるのだろうな!」

「はっ。もちろんであります」

「では、やってみい」

「は?」

「仮想敵に向かって、目標ロックのところまでをやって見せてみいといってお

るのだ」

「し、しかし。何に向かって?」

「馬鹿か、貴様は。ほれ、あそこに一隻、航行中の船がおるではないか」

「し、しかし。あれはかの国の……」

「そうだ。だからなんだ?」

「他所の国の船にレーダー照射など……」

「実弾を撃つわけではない。照準を当てるだけだ、何の問題もなかろう」

「いやっ、しかし」

「貴様。上官の命令に背くのか?」

「いえ、とんでもありません。わ、わかりましたっ」

 斯して某国船艦から、我が国の船に、火器管制レーダーが照射された。

「どうだ? レーダー照射だけだ。何も起こらないだろう? こうやって日頃

から予行演習をして腕を磨いておくのだ。貴様のようなへっぽこ兵はな、

どうせ実践経験もないだろうからな」

 以後、この船では、ちょいちょいレーダー照射が行われるようになった。兵

士たちが自分の腕を仲間に披露するために、交代で仮想敵目標に向かって

レーダー照射されているのだ。あるときは岩礁に向けて、あるときは海鳥に

向けて。運よく他国の船がいればそれに向けて。若い兵士たちにとって、ま

るてパソコンゲーム感覚で、レーダー照射がなされる。船内での唯一の楽し

みとして。実践なき前線の数少ない腕の見せ所として。

「あっ! ずるい! お前はさっきやったばかりじゃないか! 次は俺の番!」

「なんだよ、下手くそ。おまえなんか、あさってやんな」

「なんだと!」

「まぁまぁ、ここは順番に……僕のバントいうことで……」

 こんな感じだったりするのかおしれない……あの国の船の中は。

                              了


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